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現在人気No.1のエイプリールフール・ネタは名門ケンブリッジ大学から。(英)

 現在人気No.1のエイプリールフール・ネタは名門ケンブリッジ大学から。(英)

 本当に深刻なニュースであっても、「どうせエイプリルフール・ネタ」と受け止められてしまうことがあるのが、この4月1日という日。一年に一度、メディアですらもできるだけ信じてもらえるようなニセ情報を流すのだが、英名門ケンブリッジ大学発のエイプリルフール・ネタが面白いと話題となっている。
 
 洋の東西を問わずエイプリルフールでの悪ふざけは実に楽しいものがある。先にこちらでお伝えした“ビッグ・ベンの時計盤がいずれはデジタル表示へ…!?”という記事も、タイトルの最後を“…!?”としていたこともあってか、多くの方に「エイプリルフール・ネタでしょ!」と見破られてしまった(騙されたという方、申し訳ありません!)。英国の日付が4月1日に変わり、たくさんの“珍情報”が流れ始めた中、ケンブリッジ大学発のネタが人気を集めているようである。
 
 「この扉へのアクセス許可のシステムがアップグレードされ、音声認識も可能となりました。カードリーダー部分に向かって、大きな声で名前を言って下さい。」
 
 この貼り紙を見て、4月1日の朝、同大学物理学部に通う学生たちは次々と元気な声で自分の名前を告げ、ドアを開けて入っていった。中でこれを仕掛けたポール・コクソン教授がゲラゲラ大笑いしているとも知らずに…である。教授はその後、学生らがまんまと引っかかった様子をTwitterで楽しそうに報告している。
 
 誰かがその情報によって心身に苦痛を感じたり、損害をこうむったりしないかをよく確認してから発信する。また不吉な話題や猥褻なネタも避ける。これが英国流エイプリールフール・ネタの鉄則である。さて、アメリカではどのようなネタが人気を集めるものやら、続いてはそちらにも注目してご紹介してみたい。
 
 ※ 画像はtelegraph.co.ukのスクリーンショット。
 (TechinsightJapan編集部 Joy横手)

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菅官房長官、5日に沖縄知事と会談 「意見交換したい」

菅官房長官、5日に沖縄知事と会談 「意見交換したい」

菅義偉官房長官は2日午前の記者会見で、沖縄県での翁長雄志(おながたけし)知事との初会談について、5日午前に開催することを明らかにした。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の同県名護市辺野古への移設問題について、「まずはお互い忌憚(きたん)のない意見交換をしたい」と述べた。

 移設問題では、辺野古での工事停止を求める翁長氏と、作業を続ける政府とで対立が深まっている。菅氏は「一回会っただけで物事が解決するとは思っていない。これをきっかけに共有できることは共有し、沖縄県の発展のために連携したい」と述べた。

つけ麺の父「大勝軒」山岸一雄さん死す…のれん分け100店以上

つけ麺の父「大勝軒」山岸一雄さん死す…のれん分け100店以上

「つけ麺の元祖」として知られるラーメン店「大勝軒」を創業した山岸一雄(やまぎし・かずお)さんが1日、心不全のため東京都内の病院で死去した。80歳。長野県出身。葬儀・告別式の日取りは未定。喪主は妹斉藤節子(さいとう・せつこ)さん。

【写真】「大勝軒」の創業者・山岸一雄さん

 山岸さんは16歳で上京し旋盤工として働いていたが、翌年から兄のように慕っていたいとこに誘われてラーメン店で修業を始めた。1951年に東京都中野区にラーメン店をオープン。結婚を機に独立し、61年6月に「東池袋大勝軒」を開業した。

 看板メニュー「特製もりそば」は、修業先のまかないから生まれた。調理して余った麺を1本、2本と丼に集めて、湯飲みにつゆやタレを入れてつけてざるそばのように食べていた。独立後もまかないとして食べていたところ、常連客が「食べさせてほしい」と要望。大好評でメニュー化した。

 「特製もりそば」はつるりとした食感とコシの強い麺に、甘酢っぱいスープが特徴。修業中に朝から晩まで製麺した経験が、自家製麺の礎となった。当初から行列店として人気となり、石原裕次郎さんやフランク永井さん、丹波哲郎さんらスターも常連だった。子供がいなかった山岸さんは、弟子を次々と受け入れ100人以上を育てた。のれん分けした店は北海道から沖縄、米ハワイまで100店舗以上となっている。

 55年に及ぶ立ち仕事と湯切りで手や足腰が弱り、引退を決意。07年に東池袋の「大勝軒」が一時閉店した際には約400人が列をつくった。この模様がメディアで大きく報じられたことなどがきっかけでつけ麺ブームに火がついた。

 ≪山岸さんを悼む≫

 ▼漫才師シャンプーハット・てつじ 僕もお店「宮田麺児」をやってましたし、大つけ麺博でも一緒に仕事をさせていただきました。都市伝説かもしれませんが、にぼし1本2本の差でスープの違いまで分かる“神の舌を持つ男”と呼ばれた人でした。つけ麺界では山岸さんの遺伝子を受け継いだお弟子さんばかり。これからもその魂を受け継いでいくことでしょう。

 ▼ラーメン研究家・石山勇人氏 味を追求した自家製麺、1人前の麺量の多さ、濃厚な魚介系スープ、いずれもラーメン業界に大きな影響を与えた。特にスープは、00年以降から主流であり続けている豚骨魚介系スープの礎となった。弟子の数が圧倒的に多いことでも知られている。

LINE、東証に上場再申請=関係筋

LINE、東証に上場再申請=関係筋

[東京 2日 ロイター] – 無料対話アプリのLINE(東京都渋谷区)が、東京証券取引所への上場手続きを再申請していたことが2日わかった。複数の関係筋が明らかにした。「申請期」に絡んだ技術的な処理という。

同社は昨年9月、事業の成長を優先させるとして昨年内の上場見送りを表明していたが、いつでも上場手続きを再開できるよう、体制は整えていた。早ければ2015年内の上場を目指す。

LINEは韓国検索サイト大手ネイバー<035420.KS>子会社。

(志田義寧 江本恵美)

北朝鮮で抑留死869人名簿…露の公文書館保管

北朝鮮で抑留死869人名簿…露の公文書館保管

【モスクワ=緒方賢一】第2次世界大戦後、旧ソ連が現在の北朝鮮に開いた「第53送還収容所」で死亡した日本人抑留者869人の名簿が、ロシアに残されていたことが分かった。

 名簿には死因のほか、遺体の埋葬日、埋葬場所などが記されている。ソ連政府が作成した北朝鮮抑留死亡者名簿が明らかになるのは初めて。朝鮮半島での抑留の実態や死者の最期を知る貴重な手がかりとなりそうだ。

 第53送還収容所は、ソ連が戦後、朝鮮半島北部の興南(現在の北朝鮮・咸興市興南地区)に設置、1947年4月にソ連領内のナホトカに移設された。死亡者名簿はソ連閣僚会議(政府)の送還業務全権代表部が作成し、ロシア連邦国立公文書館(モスクワ)が保管してきた。同公文書館はこのほど、46年11月20日から48年5月25日までの死亡者名簿や収容者の調書など167枚を、読売新聞に開示した。

 A4判の紙にタイプ打ちされた名簿には、死亡者の氏名、出身地、死亡日、死因、埋葬場所などがロシア語で記載されている。内訳は軍人・軍属766人、民間人103人。死因のうち最も多いのは栄養失調で330人。結核や発疹チフス、赤痢など伝染病による死者も半数近くに上った。満足な食事を与えられず衰弱し、疫病が広がった惨状が浮かび上がった。

 年代別では20歳代が約400人と最も多く、10人以上が20歳未満だった。性別の記述はないが、「アヤコ」「ヨウコ」など女性とみられる名前も30人分あった。

 ソ連は日本の降伏後、満州(現中国東北部)や朝鮮半島、南樺太にいた日本の軍人ら約57万5000人をシベリアなどに抑留。鉄道敷設や森林伐採などの強制労働に従事させたが、病気やけがで重労働に耐えられなくなった人は朝鮮半島北部に移送していた。

 朝鮮半島には約2万7000人が移送され、死者は1万2000人以上に達した。今回の名簿に記録された人の多くは、移送後も病や傷が癒えず、亡くなったとみられる。興南での死者数は768人、興南からの移設以降が101人だった。

 一方、第53送還収容所を巡っては、厚生労働省が同じ死亡者の名簿を、2006年の時点でロシア政府から入手していたことも判明した。その事実は公表されておらず、死者についての情報は、遺族でも入手が難しかった。名簿などの資料の公開について、同省では「入手の経緯や一般の関心などを考慮して判断している」と説明している。

 厚労省によれば、終戦前後の混乱や抑留などで、現在の北朝鮮では約3万4600人の日本人が死亡した。北朝鮮政府は昨年5月、遺骨調査を全面的に実施すると約束したものの、同年10月の日朝協議では、具体的な調査結果の通報はなかった。日本外務省は「厚労省が名簿を持っていることは知っている。北朝鮮との関係でどう扱っているかは、外交交渉にかかわるので答えられない」としており、北朝鮮が今回の名簿を調査の対象としているかは不透明だ。

 北朝鮮からの引き揚げに詳しい国文学研究資料館の加藤聖文准教授は「今回のような記録を日本政府がきちんと解析すれば、北朝鮮の説明に矛盾がないかが分かり、遺骨の調査も具体的に求めることが可能だ」と指摘している。

 【送還収容所】 ソ連軍参謀本部の指令で1946年11月から各地に設置した。強制労働を課した捕虜収容所とは役割が異なり、日本人捕虜や民間人を日本に送還する拠点となった。ナホトカ港に第380、南樺太の真岡港に第379、中国・遼東半島の大連港に第14、北朝鮮には興南港の第53と元山港の第51の収容所があった。日本軍時代の捕虜収容所や学校、病院などが転用され、共産主義教育も行われた。

◆遺族申請あれば 厚労省無料提供

 厚生労働省は、ロシア政府から入手した抑留者の個人資料を遺族の申請があれば、日本語訳を添えて無料で提供している。北朝鮮の抑留者についても同様だ。

 申請方法は郵送。「ロシア政府から受領した日本人抑留者に関する個人資料の提供希望」と明記し、〈1〉申請者の氏名、住所、電話番号、抑留者との続き柄〈2〉抑留者の氏名、生年月日、出生地を記載する。添付書類として〈3〉申請者の身分証明書か運転免許証、保険証などの写し〈4〉戸籍謄本など、抑留者の死亡と申請者との続き柄が確認できる書類〈5〉申請者の住民票(請求日前30日以内)を付ける。提供は基本的に写しの郵送。照合や翻訳に時間がかかることもある。抑留者の本籍地や応召時の住所、終戦時の身分や所属部隊などを記入すると照合が早い。

 郵送先は〒100・8916東京都千代田区霞が関1の2の2、厚生労働省社会・援護局援護・業務課調査資料室。問い合わせは(電)03・3595・2465(直通)。

HN:
上原健二
性別:
非公開
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