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『地球の長い午後』ばりの異様な世界で、環境と性をめぐるテーマが展開される
愛琉(アイル)は熱帯雨林に暮らす少女。森のなかには数え切れないほどの生物がうごめき、さまざまな危険が潜んでいる。生態系の頂点ではない。成長の過程で多くの子どもが命を落とす。かつてこの森には科学技術による〈巨人の櫓〉〈巨人の橋〉が建造されたが、どちらも遺棄されて久しく、愛琉たちには目的も使用法もわからない。一族は樹上に家屋につくり、長手袋と下降器を身につけ枝から枝へと跳んで果実を集める。一人ひとりが嗅覚特化生物モールを連れており、それが臭跡をたどって道案内をする。
愛琉はもう〈巡り〉を〈合わせる〉ことが許される歳となった。あとはその時期を待つだけだ。森に灯りが見え、〈巡りの者〉の一行がしだいに近づいていることがわかる。そう考えると胸がときめく。
異様で生命に満ちた樹林、かつての文明を失い細々と生きる人間たち、成熟のときを迎えた主人公……。ブライアン・W・オールディスの傑作『地球の長い午後』(ハヤカワ文庫SF)を彷彿とさせる設定で、主人公が仲間からはぐれて旅をするはめになり、その過程で世界の真相が少しずつわかってくるという展開も似ている。しかし『薫香のカナピウム』はテーマ面ではオールディス作品よりも複雑で、上田早夕里ならではの視線が貫かれている。
ひとつは「環境と人間との関わり」だ。この作品で、熱帯雨林に暮らす愛琉たちは環境の支配種ではないものの、生態系のなかに完全に組みこまれている存在でもない。人間たちは森に棲むさまざまな生き物に脅かされて暮らしているが、視点を変えれば人間のほうが異物だ。人間は部族間でしばしば争うが、それは自然の摂理を超えた過剰な殺しあいであり、動物たちから見れば害悪でしかない。愛琉は思う。相利共生が基本となる熱帯雨林のなかで人間だけが例外なのはなぜか。過去に特別な何かが起こったのか。
人間と対照的なのは、〈融化子(ゆうかし)〉と呼ばれる存在だ。この不気味な生物は環境に応じて自在に擬態し、蘭の花のようにも、ヤマネコのようにも、猿のようにも、巨大な芋虫のようにもなる。定まった形態がないのだ。そして、ほかの生物とさまざまな共生関係を築く。大人たちは〈融化子〉には高い知能があり、言葉さえ喋れれば人間と会話ができるだろうと言う。しかし、こんな生物がいかにしてできあがったのか? 森と一体化した生命と説明されるが、むしろ本来はここに存在してはならない特殊な寄生者ではないのか? この疑問はクライマックスへとつながる導火線となる。…