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シングルマザーを珍獣扱いする日本。再生産される「母性信仰」

シングルマザーを珍獣扱いする日本。再生産される「母性信仰」

 

 2014年11月に刊行された『シングルマザーの貧困』(光文社新書)の著者で、詩人や社会学者として活躍されている水無田気流(みなした・きりう)さんは、当事者への聞き取り調査と各種関連データをもとに、シングルマザーの貧困問題が、就労・家族・社会保障制度の3分野にまたがる日本の社会問題の集積点であることをあぶりだしている。長年問題視されてきた性分業は、なぜいまだ解決していないのか。シングルマザーは特別な存在ではなく、すぐ隣にいる存在だということを伝えたかったと語る水無田気流さんにお話を伺った。

◎大切なのは、稼得手段を手放さないこと

―― 近年、様々なメディアでシングルマザーの貧困が取り上げられるようになりましたが、本書で取り上げられているシングルマザーは、経済的な困窮などはあるものの、メディアで描かれがちな「かわいそうな弱者」とは違った方々だと感じました。あえて「かわいそう」な描き方をしないよう意識されたのですか?

水無田 「かわいそうな弱者」を描くだけでは、問題は解決しないと痛感したからです。改めてこう思ったのは、「ベビーカー論争」の時です。2012年に、混雑時に電車内でベビーカーを折りたたまずに使用することはマナー違反か否かという議論が、ネットやテレビ・新聞で交わされていました。それを受けて朝日新聞でのコラムに「子育て中の親は弱者と認定されない弱者である」と書いたところ、帰国子女で子どものいる女性読者から「日本ではどうして、子どもを連れているだけで謝りながら移動しないといけないんですか?」というご意見をいただいたんですね。

その時に、日本って「申し訳なさそうにしている人」は助けてあげるけれど、主張する弱者、たとえば公共交通機関の中で堂々としているように見える母親に対しては、厳しい社会なんじゃないかと思ったんです。子連れの母は交通弱者なはずなのに、個人のマナー不足と言われてしまう。そこから、日本社会の問題の集積点であるシングルマザーにも、同じような視線が投げかけられているのではないかと思い至りました。日本の母子世帯の母は、離別が多数派です。自分で選んだのだから、貧困でも仕方ないと思われている。それでも、すまなそうにしていれば施しを与えても良いけれど、堂々としていたらたちどころに批判されますね。

一方で、たとえば育児放棄に遭った子どもの白骨死体が部屋で見つかって初めて、シングルマザーの問題がクローズアップされたりする。事件性を帯びて初めてセンセーショナルに報道されます。でもこれは、安全なバスの中で「貧困」という珍獣を「かわいそうだなあ」と眺めるサファリパークの乗客のような視線にも感じます。今、子どものいる世帯の8世帯のうち1世帯がひとり親世帯で、母子家庭は推計で約123万8000世帯もいる。シングルマザーは珍獣ではなく、すぐ隣にいる存在なんですね。

―― 取材された中で、特に印象的だったシングルマザーはいますか?

水無田 女優を目指して高校卒業後に上京し、その後20代後半に夢を諦めて就職されたシングルマザーの方は印象的でした。彼女は叩き上げで頑張って、経理のプロにまでなった方です。その方が「行政の支援は、『一生かわいそうな人でいていいんだよ』と言われているようで使いにくい」と言っていたんです。いわゆる「貧困の罠」ですね。

―― 一定程度まで所得が増えると、行政からの援助は打ち切られてしまいます。しかし、貧困から脱せられるほどの収入が得られず、再び貧困に陥ってしまう……という問題ですね。

水無田 はい。社会保障制度は、自力で働くことのできないような方を前提に作られているため、自分で働くことはできるのだけどほんのちょっと助けてほしいと思っている、比較的エネルギーのある方に対しては厳しいものになってしまっている。そうしたシングルマザーの現状ってなかなか伝わっていないですよね。

―― 聞き取り調査で、興味深い話はありましたか?

水無田 苦労している女性の話を聞く心構えでいたんですよね。それが、皆さん「離婚した今のほうが、家族にとってずっとハッピーです」とおっしゃるんですよ。聞き取りをした女性たちのうち、離別の方は夫がいることが子どもにとってマイナスと判断し、離婚に踏み切っていました。元夫について話してもらうと、本当に駄目なおっさんの駄目話ばかりで。「こんなに駄目なおっさんでも、一度は家庭が持てたんだ……この女性たちは天使みたいだなあ」って思いました(笑)。

―― 女性側の意見を聞けば、そういう話をされる方は多いでしょうね。

水無田 ただ、離婚ってエネルギーをとても使うんですよね。誰でもできるものではない。家庭裁判所で離婚調停手続きをとったり、親族の理解を得たり、引っ越しをするなら次の物件を探さなくちゃいけません。子どもがいるなら育児だって同時にしなくちゃいけませんよね。精神的に参って鬱を抱えて込んでしまう方もいます。

―― だからこそ、結婚生活で追い詰められていても、離婚できるほど精神面・経済面で余裕がなく、別れられない人もいる。内閣府の調査では、配偶者等から暴力を受けた被害者は、「離れて生活を始めるに当たっての困難」として54.9%の方が「当面の生活をするために必要なお金がない」と答えています。

水無田 経済基盤がないために、離婚できないという方もいるということですね。

―― ただ、結婚する時は「幸せな家庭」を思い描いてするものでしょうから、家族円満な状態の時に「奥さんも経済基盤を持って!」と言われても、他人事に受け止めてしまう女性は少なくないと思います。まさか自分が離婚することになるとは、と。

水無田 それでも、いま日本では婚姻件数が年間約67万組に対し離婚件数は約24万件なので、離婚率が35%、3件に1世帯が離婚などと言われますね。もっとも婚姻件数自体が減少しているのでこの数値は大げさかもしれませんが、人口千人あたりの離婚発生率も、過去40年で倍になっています。確実に、離婚は増えています。また離婚に限らず配偶者が病気になったり事故で死んでしまった場合も、よほど手厚い保障がなければ生活はあっという間に変わってしまいます。それらの家計破綻リスクは、一般に考えられているよりもずっと高い。ですから私は、大学ではいつも女子学生に、ライフステージが変化しても、稼得手段を手放さないことの重要性を説いています。

―― 言えるのは、「誰にでも起こりうる」ということですね。

水無田 結婚の際、女性が家事や育児の時間を確保するために仕事を辞めていたりキャリアアップを諦めていたら、離婚となった時、女性はたちまち経済弱者になってしまいます。子どもの養育をするならなおさらです。養育費も、日本では支払われていないケースが圧倒的に多いですからね。「全国母子世帯調査」では、母子世帯は60.7%、父子世帯は89.7%が「養育費を受けたことがない」という調査結果が出ているんですよ。さらに長期間継続して養育費を受けているのは、母子世帯で2割を切ります。額も少額で、母子世帯で養育費の額が決まっている場合の平均月額は、4万3482円です。これは、複数子どもがいる場合も含めた平均で、子どもがひとりでは平均3万5千円ほど。ちなみに、「自分の収入で経済的に問題ない」シングルマザーはたった2%ほどです。日本のシングルマザーは8割以上が働いているのに5割以上が貧困ですが、この背景には養育費の支払いの低水準も指摘されます。

―― 仮に、専業主婦で家事育児を担っていた妻が離婚し、シングルマザーとなった時、正社員雇用される可能性も低い。時給1000円のアルバイト職に就いて、子を保育園に預けながら毎日8時間・月20日間労働した場合では、月収が16万円です。そこに養育費の平均月額4万3482円を足して、20万3482円。この収入から毎月の保育料や税金、国民年金を納め、家賃や光熱費を支払い、食費をまかない、将来の教育資金やいざという時のための出費に備えて積み立てをする。具体的に数字を想像してみると、その大変さが目に見えます。そして子の養育費すらそもそも支払われていない現状を考えれば、シングルマザーの貧困は当然の事象と言っても過言でありません。

◎「家庭的アピール」を迫られる背景にあるもの

―― 1985年に男女雇用機会均等法が制定されて30年が経ちますが、いまだに就労しながら家事育児を無理なく続けられる職場は多いとは言えません。なぜだとお考えですか?

水無田 いろいろと考えられますが、保守的な専業主婦志向をもった女性が再生産されてしまっているというのはあると思います。90年代以降に産まれた20代の女性は良妻賢母志向の強い保守的な人が30~50代世代の女性より多いということが、様々な調査分析によって明らかにされてきました。

―― どういうことでしょうか?

水無田 70年代は一番婚姻率が高い時で、男性の98%、女性の97%が生涯に1度は結婚していた「皆婚時代」でした。女性は、学歴が高くても職歴があっても専業主婦になる人が多かった。そうしたお母さんたちは、男女雇用機会均等法以降、娘に対して「あなたが大人になる頃には、自分の能力を活かして働ける社会になっているはずだから、頑張りなさいね」と育てていたと思うんです。東京のいい企業に就職した娘を世話するために、地方に夫をおいて、娘のマンションに住み着くような母親が見られたり……。「王子様のように娘を育てた」のが、戦後民主化されていく社会で、自分が高学歴でも就業継続できなかった世代の女性たちですね。今なお、いざという時に子どもの世話を頼る相手は、フルタイムワーカーの母でも専業主婦でも7割が実母、公営保育所などは2割です。でもそれって、女性が働けるようになってきたものの、仕事を継続しながら家事や育児はできなかったってことですよね。働きながら「母親」にはなれなかった。

「トイレの神様」のような、おばあちゃん子の話って一時期流行ったじゃないですか。あれって、多くのワーキングマザーが実母に子どもを預けていたからなんだと思うんです。当時は今よりも保育所などの施設は少なく、制度も未整備でしたから、実家の支援がないと育児が難しかった。

雇用機会均等法施行(86年)以降、たしかにキャリア志向のエリート女性は、以前より就業継続できるようになりました。でもそういう女性は、結婚はしても結局子どもは望めなかった。逆に、あえて子どもを産むことを選択する女性は、保守的な志向性を持つ人が多数派を占めるようになった。ですから、とくに90年代以降生まれの人たちは、もともと保守的な志向性の母親から生まれたか、あるいはキャリア志向の場合はおばあちゃんに預けられて「おばあちゃん子」に育つわけです

―― そういう母親や祖母に育てられた娘たちが、2015年現在でも「お母さんの支援がなければ自分も働きながらの子育ては厳しいだろう」と感じている?

水無田 だから親が納得する相手じゃないと結婚したくない、と、今の若い人たちも考えているんですよね。

―― と同時に、幼少期を祖父母に育てられて過ごしたことで、母親との時間をあまり持てなかったと感じている人々が、「私は仕事より子どもを優先する母親になりたい」と考え、良妻賢母を目指しているということなのかもしれない。

水無田 男性だって、恋愛は個性的な女性とできても、結婚を考えたら家庭的な女性がいいですよね?

―― ……そうですね。そうかもしれません。

水無田 今、丸の内あたりで開かれている本格和食系の料理教室には、キャリアウーマンが来て大盛況だそうです。結局、婚活市場で弱者にならないためには、「家庭的アピール」をしないといけないからでしょうか。日本の男性も、恋人や妻の社会性って箱にしまおうとしますよね。「いやあ、うちのは……」とかいって、多くを語らない。ジャーナリストの白河桃子さんがおっしゃるには、アメリカでは男性が「俺の彼女、今度編集長になったんだよ、イケてるだろ?」なんて、妻や恋人のキャリア自慢する人が珍しくないらしいのですが(笑)。

―― 女性は女性で「母性信仰」に適応し、男性は男性で、女性に家庭的なものを求めてしまう。やはり男性が仕事をして女性が家事・育児をすることを前提に慣習や制度ができあがっていることが問題なのかな、と思いました。

水無田 はい。日常的な事柄と社会制度の問題は直結しているんですね。男性は長時間会社にいることを求められ、女性は家庭のために時間をとることを求められている。シングルマザーの場合は、男性と同じように仕事をした上で、家事・育児にも時間を使わないといけないわけですから、「時間貧困」に陥ってしまいます。

シングルマザーへの支援を行っているNPO「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」によれば、「お金」や「経済」より「時間」についてつらさを訴える人のほうが多かったそうです。ひとりの人間が、ひとつの役割で多くの負担を抱え込むスタイルって、日本社会の大きな問題なんですよ。職場では会社村のメンバーになるために、多くの仕事を抱え込む働き方が一般的ですし、家庭では母親が育児のすべての負担を担うべきとされてしまう。どちらも柔軟な編成と「ワークシェアリング」が進む必要があります。

もっと言えば、日本人の働き方は生産効率性が低いんです。一時間あたりの生産性をみると、世界一位のノルウェーが86.6ドルなのに対して、日本は40.1ドル程度(2012、OECD加盟国調査)。経済破綻に瀕しているギリシャと同じくらいです。実は少子化が克服されている国ほど、生産効率性が高く、女性が比較的昇進しやすくて、ジェンダーギャップがそれほど高くないんです。そういう国ほど母性信仰も家族規範もあまり強くはない。

かつては、カトリック国としての家族規範の強かったフランスは、今では少子化を克服し、女性の社会進出を進められました。子どもの間の絶対的平等を守るために社会保障制度を個人化する方向に改善していったためです。これによって、シングルマザーの子どもであっても十分な支援が受けられるようになった。離婚した母親を自己責任だと責めるばかりの日本とは違う。もちろん日本とフランスでは事情が違いますから単純に比べることはできません。でも家庭関係と言うのは、1000年も2000年も前から続いてきたものではない。ちょうど今の日本は、70年代のフランスのようだという指摘もあります。将来世代が苦しい生き方をしないように、家族間や働き方を柔軟に組み替えて、不条理不公正な目にあう人たちを減らしていくことが必要だと思います。
(インタビュアー・構成/カネコアキラ)

水無田気流(みなした・きりう)
1970年生まれ。詩人・社会学者。詩集に『音速平和』(中原中也賞)、『Z境』(晩翠賞)。評論に『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(光文社新書)、『無頼化した女たち』(亜紀書房)、『シングルマザーの貧困』(光文社新書)。本名・田中理恵子名義で『平成幸福論ノート』(光文社新書)など。

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