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出張中に行ける勝手気ままな私的世界遺産の旅 (23) アメリカ・ヨセミテ国立公園で自然の驚異を思い知る(前編)

出張中に行ける勝手気ままな私的世界遺産の旅 (23) アメリカ・ヨセミテ国立公園で自然の驚異を思い知る(前編) 

 世界遺産には、大きく分けて「文化遺産」と「自然遺産」がある。文化遺産は建造物や遺跡などの、自然遺産は地形や生物、景観などので「顕著な普遍的価値」を持つものが世界遺産に指定されているそうだ。そのうち、この連載で紹介しているのは、圧倒的に文化遺産が多い。これまでこの連載で紹介した自然遺産は、前回のベトナム・ハロン湾と中国・黄山(注:黄山は文化遺産と自然遺産の複合遺産)のたった2カ所だ。

 僕は自然遺産が嫌いなのではない。むしろ、大自然に身を置くのは、大好きだ。しかし、である。世界遺産に指定されるぐらい自然が残っているということは、自然遺産はたいてい人里離れた場所にあるのだ。つまり、自然遺産は行くのが大変なのである。思えば、中国・黄山も、素晴らしい所だったが、辛かった。だが、どんな苦労をしてでも、訪ねてみたい僕には1カ所あった。それが、今回紹介するアメリカ・ヨセミテ国立公園である。

 ヨセミテ国立公園に行くには、アメリカ西海岸、カリフォルニア州のサンフランシスコから車で行くのが一般的だ。そのサンフランシスコは、言わずと知れた人気の観光地。世界中から何百万という観光客が押し寄せる街なのである。郊外には世界のIT業界のメッカ、シリコンバレーがあることから、出張で訪れる人も多いだろう。

 サンフランシスコのシンボルともいえるのが、ゴールデンゲートブリッジ。ゴールドラッシュの頃、人々がサンフランシスコ目指して船で旅した玄関口となったのがこの海峡。それで、ゴールデンゲートと名が付けられたそうだ

 カリフォルニアの青い空とはよく言ったもので、このあたり、空はいつも青くて、空気はさわやか。サンフランシスコの年間降水量は600ミリ以下というから、1年間に日本の梅雨時の1週間分ほどしか雨は降らない。だから、どんな時期に行っても気分よく観光できる。加えて、アメリカ最大の中華街があるなど、アジアからの移民が多いこともあってか、日本人の口にも合うおいしい料理がサンフランシスコでは楽しめる。ちょっと郊外に足を運べば、そこはカリフォルニアワインの産地。美味しいワインを堪能できる。だから、わざわざ、さらに遠くまで行かなくても、充分に楽しめる街がサンフランシスコなのである。

 (左)サンフランシスコは坂の街。坂の向こうへ行くのに便利なのが、有名なケーブルカー。ただし、常に観光客で行列ができているところが、ちょっと困ったところ(上)サンフランシスコ観光の拠点、ユニオンスクエアからケーブルカーに乗った終点がフィッシャーマンズワーフ。美味しいシーフードが楽しめる

 (左)サンフランシスコは、食べ物が美味しい。味付けはわりと薄味なので、日本人でも食べやすい。写真の中華街で中華もいいし、本格的なインド料理、ステーキ、シーフード、和食も楽しめる(上)サンフランシスコは、メジャーリーグ観戦にもオススメ。サンフランシスコ拠点のジャイアンツに加えて、オークランド・アスレチックスへも地下鉄で20分ほどで見に行ける。シーズン中なら、たいていどちらかでゲームがある

 というわけで、サンフランシスコはとてもいい街なのであるが、実は結構狭い。半島の先っぽにあるゴールデンゲートブリッジから、市街地のユニオンスクエアまで一度歩いてみたのだが、ぶらぶら街を眺めたり、寄り道しながらでも、4時間ほどで歩けてしまった(ちなみに、歩かなくてもバスや路面電車、タクシーなど交通機関はたくさんあるので、こんなコースを歩く人はあまりいないらしい)。で、ちょっとサンフランシスコに飽きた時に、知人から言われたのが「ヨセミテはいいよ~」という一言だった。

 そこで、いろいろ調べてみたのだが、このヨセミテ国立公園、アメリカの国立公園第2号だそうだ。カリフォルニア州北部、シエラネバダ山脈の中央に位置し、総面積約3,000平方キロメートルという広大な自然公園で、サンフランシスコから車で4、5時間かかるという。そのすべてを見るには、なんと数週間も数カ月もかかるらしい。また、自然保護のために公園内に宿泊施設は非常に少なく、超人気の自然公園だけあって、半年前から予約は満杯とのこと。ただ、苦労してでも行くだけの価値がある、ものすごい自然が残っているところらしいのだ。

 サンフランシスコから車で4、5時間と知り、さらに調査してみたのだが、どうも行くのが大変らしい。出張中の空き時間にぶらっと行く雰囲気ではなさそうだ。でも、そう言われると行きたくなるのが人情というもの。手軽なツアーなどがないか探してみると、なんと日帰りツアーがサンフランシスコからたくさん出ている。料金は、ガイドが日本語でも英語でも、だいたい100ドルぐらいのようだ。もっとも旅程を見ると、現地滞在は2時間ほど、後はバスで往復10時間。ん~、これは辛い。でも、行ってみたい。というわけで、季節も何も考えず、とりあえず行くことにした。

 その年の正月明けの1月初旬、サンフランシスコは大雨だった。年間降水量600ミリ以下のサンフランシスコで、その年のお正月から一週間ほどで700ミリの雨が降るという記録的な大雨。また、とんでもない時にヨセミテ行きを決めてしまったものである。だが、もう100ドル払ってしまったし……。というわけで、朝7時、宿泊先のホテルまで迎えに来てくれたマイクロバスに乗って、アメリカ人らしきいくつかのグループに囲まれながら、僕はだた1人ヨセミテ行きを決行した。

 しかし、最初からわかっていたことだが、5時間近いバス移動ってのは疲れる。しかも、車窓から見えるのは、雨ばかり。いやいや、山の天気は変わりやすいというではないか。きっとヨセミテに着いた頃には雨がカラっと上がって、見事な景色が見えるはず。そんな期待を胸に、いつまで経ってもいまいちさえない車窓を眺めながら5時間近くをバスの中で過ごした。

 サンフランシスコの市街を抜けると、そこはもうカリフォルニアの田舎。天気が良ければ気持ち良いのかもしれないが、土砂降りの雨の車窓はこんな感じで、さっぱりさえない。いまいち気分も盛り上がらない

 で、ヨセミテに近づく頃、ガイドさんが今日のヨセミテについて説明を始めた。
 「たぶん、今日は雪ですね」
 ガイドしてもらわなくても、そんなこと外見りゃわかる。
 「行けるところまで行ってみますが、無理なら途中で引き返します」
 は? すでに4時間以上、走っているんだけど……。
 「こんなことにならなければいいなと、朝から思っていたのですが……」
 だったら、出発前に中止して、100ドル返金してくれればよかったんじゃないの?
 「ま、とにかく行ってみましょう」
 はぁ……。
 

 サンフランシスコからずっと雨だったのが、ヨセミテに近づくと雪に変わった。まあ、カリフォルニアで雪を見れるとは思わなかったので、いい経験……、って、一生懸命プラス思考になろうとしていたのだが

 もともと、このバスツアーは日帰りということで、ヨセミテのほんの触りをチラッと見るだけの予定だったのだが、結局この日のヨセミテバレーは吹雪。そのチラッとすら、空がかすんでまったく見えない。

 この時見えた唯一の観光ポイント、ヨセミテの滝。滝のちょっと向こうにある山は、かすんでまったく見えない

 「晴れていれば、ここから見る景色は絶景なんです!」と、ガイドさん。まったく景色が見えなくても、ちゃんとガイドできるらしい。だが、実際の僕の目には、有名なエルキャピタンもハーフドームも、雲だか雪だかの向こうに隠れて、まったく見えない。かろうじて見えたのは、昼食を食べたヨセミテロッジの近くにあるヨセミテ滝のみ。

 2時間とはいえ、当初の予定では観光の時間が組まれていた。だが結局、この日は、ロッジで2時間つぶすことになった。雪の中、バスを走らせて、景色が見えない揚げ句、バスが動けなくなったりするぐらいなら、ロッジにいるほうがいいだろうという判断である。おそらく正しい判断なのだろう。だが、早起きした揚げ句に、何も見えず、ものすごーく寒くて、もう、ホントに涙が出そうになってきた。

 2時間つぶさないといけないが、遠くに行くと危険なので、ヨセミテロッジの回りをうろうろ。吹雪の中、山に登るわけにはいかないので、みんなこんな感じで時間潰し

 きっと、もやの向こうには素晴らしい景色があるのだろう。ま、近くに見える木も、東京あたりだとお目にかかれない木(たぶん)……と考えるぐらいしか、やることがない

 というわけで、定刻になり、サンフランシスコへ向けて出発……と思ったら、なんと! ホンのちょっとだけ雲が晴れて、なんとなく有名な一枚岩、エルキャピタンが見ているではないか!

 よーく見ると、向こうに見える影が、どうやら有名なエルキャピタンらしい。って、そんなこと、ガイドされても、全然わかりません!

 ん~、感動……しないなあ~。っていうか、ただの影にしか見えない。「明日か、明後日あたり、雪が止んで晴れた日は、降り積もった雪がキラキラ輝いて、本当にきれいなんですよ」とガイドさん。えーえー、きっとそうでしょうよ。

 は~、3年越しの願いがかなって、ようやく訪れたヨセミテの思い出が「寒かった」だけじゃ、死んでも死に切れない! 絶対、今度は夏にもう一度来てやる!! というわけで、ただ寒かっただけの「吹雪のヨセミテ日帰りツアー」から約1年半の後、僕は再び夏のヨセミテを目指すことになるのである。その話は次回たっぷりとお伝えします。

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