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東京から一時間の田舎暮らし! 「湘南番外地スローライフ」 (6) 野生バナナたちの住処をのぞいてみる
いつのまにか町に住みついたバナナ軍団
二宮町を縦断するように流れる葛川のほとりに、なぜか野生のバナナが生い茂るエリアがある。近所のおじいさんの話によると、もう10年以上前から生えているらしい。「どこかから種が飛んできたのかねえ。気付いた時にはもう2、3本あったんだよ」と、おじいさんは言う。いまや大小30本前後のバナナが小径の両側にずらりと並び、トンネルをつくりだしている。
この界隈に足を踏み入れると、亜熱帯空間にトリップしたような気分に
ここは、葛川沿いに設けられた遊歩道の一郭。今の季節はあまり目立たないが、遊歩道の端から端まで約400mに渡って桜の木が連なり、春の花景色は息をのむほどの美しさだ。
ぼくが自分の町にバナナの木があることを知ったのは、去年のことだった。バナナ製造・販売会社「チキータ」のブログで、バナナに関する記事を書いていて、「このあたりは冬でも温暖な気候だし、探せばバナナの木があるかもしれない」と、ふと思いついたのがキッカケだった。そして「ご近所バナナを探せ!」という企画を立ち上げ、町のあちこちを歩いてみた、というわけだ。
家からすぐの路地裏で、ご近所バナナ第1号を発見し、調子にのって町の北部まで遠征してみたところ、この野生バナナ軍団と遭遇した。ご近所バナナと呼ぶにはスケールが大きく、しかも水や栄養を誰にも貰っていないところが、何となくアウトローっぽい雰囲気だったので、野良ネコならぬ野良バナナと命名。それから半年、ときどき遊歩道へ出かけては、野良バナナたちの様子を見守ってきた。
せっかく果実までつけたのに…
先週、近くを通りかかった時に車の中からチェックしたら、1本の野良バナナに苞(ほう=バナナの小さな花々を包んで保護するつぼみ状の葉)と果実がついていた。去年は結局、台風で実が落ちてしまったり、カラスに食べられたりして、完熟状態の野良バナナをほとんど見ることができなかったので、「今年は春から立派な完熟バナナが見られるかもしれない!」なんてひそかに喜んでいた。
苞の皮が一枚めくれあがり、その根本に並んだ花々が育って次の果実となる
しかし……今週早々にのぞいてみると、その果実をつけたバナナは、なんと根本からポッキリ折れてしまっていた。まだ倒れてからそれほど時間が経っていないらしく、苞も緑色の小さな果実も、まだ全然しおれていない。バナナは木ではなく草の一種であり、地下深くまで根を張らないので、強風が吹くと意外なほどあっけなく倒れてしまう。今回の悲劇を起こした犯人も、おそらく風に違いない。
今回倒れてしまったバナナは、高さ3m以上にも達していた
倒れたバナナの先端に付いている苞は、ラグビーボールのような大きさだった。その付け根にびっしりと放射状に並んだ果実が、鮮やかな緑色に輝いている。ちなみにバナナ業界では、放射状のリングを「ハンド(手)」、そこに付いているひとつひとつの果実を「フィンガー(指)」と呼ぶ。このまだ幼い緑色のフィンガーは、さしずめ小指といったところか。
よく見ると、苞のめくれあがったところに、次世代のハンドとなる黄色い花々が育っていた。苞が1枚めくれる度に、こうして新たなハンドが生まれ、ハンドの数が増えるほど、苞は小さくなっていく。ひとつのハンドは20本前後のフィンガーからなり、これを3つくらいに切り分けたものが、スーパーや青果店で売られているということだ。
果実の周辺には、苞の中の花から滲み出た透明な蜜が付いていた。そこにたかるアリを振り払い、小指サイズのバナナを5本もらっていくことにする。倒れたバナナを助けることはできないが、せめてもの供養に、小さな果実をじっくり観察してみよう。
小指のようなサイズでも、形はすでにしっかりバナナ
とりあえずなめてみた、食べてみた
自宅に持ち帰って、まずは果実にベタベタ付着していた花の蜜をなめてみた。かなり甘い。これに群がっていたアリの気持ちがとてもよくわかる。そして、ちょっぴり苦い。キャラメリーゼしたメイプルシロップみたいだ。ある意味、オトナの味わいだ。もうなめることはないと思うけど。
つづいて、果実の中身。包丁でまわりの皮を切り落とし、やわらかそうなところをかじってみる。口の中にほんのりと漂う青い香り……なるほど、たしかにバナナだった。想像以上にバナナだった。
あの花の蜜は、果実の中には含まれていないようで、こちらは甘味ゼロ。アジアや中南米などで食べられている調理用バナナに似ている。ということは、皮をむいてから炒めたり揚げたりすればいいのかもしれないが、調理するには、あまりにも小さすぎる。
包丁で切るとオクラのような断面が出現。3つに分かれた部屋の中に胚珠がある
皮を剥いて中身を観察。胚珠のツブツブ感がいかにも種っぽい雰囲気
結局、5本とも生でポリポリ食べてしまってから、どうせなら苞も持ち帰ればよかったなあ、と後悔。よく旅に出かけるタイで、バナナの苞が野菜として食べられていることを思い出したからだ。
苞は、ほろ苦くてさわやかな味わい。生のままサラダにしたり、カレーや野菜の炒めものに加えたりするほか、細かく刻んだものは、パッタイという焼きそばの薬味としても定番だ。首都バンコクにある超高級ホテルのビュッフェなどでも、パッタイの脇には必ずこれが用意されているから、日本の焼きそばや牛丼における紅ショウガのような存在なのだろう。
ちなみに、バナナの太い幹のような部分は、実は葉がグルグルと何重にも丸まって重なってバウムクーヘンのごとく形成されたもので、植物学的には幹でも茎でもなく「偽茎」というそうだ。
ならば、バナナの本物の茎はどこにあるのか、と言えば、地面の下。つまり、地上の葉や苞に何かが起きても、本体は地下に隠れているので、いくらでも再生できるというわけ。だから、バナナがどれほど倒れても悲観することはない。しばらくたてば、きっとまた新しい偽茎がスクスクと育っているはずだ。
今年こそ、立派な完熟姿を見せてください野良バナナ様。そして、1本だけでもいいから……。