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<異次元金融緩和2年>世の中はデフレ以上、インフレ未満に
「2年をめどに物価上昇率2%」の目標を掲げ、日銀の黒田東彦総裁が金融緩和政策を導入してから4月で丸2年。だが、消費者の節約志向は恒常化し、世の中は“デフレ以上、インフレ未満”の状態に--。戦後日本のよりどころだった「経済成長」を前提にした政策は行き詰まりを見せる。春、消費市場の風景を探った。
食品の値上げが続く。1月には即席麺や食用油、パスタ、2月は冷凍食品やレトルト食品に加え専門店のコーヒーも。3月から4月にかけては牛乳やヨーグルト、家庭用コーヒー、調味料の値上げが予定されている。背景には円安による原材料費の高騰があり、「いよいよインフレか」と思わせるが、実態は違う。
足元の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)を見てみよう。1月は前年同月比2.2%の上昇にとどまり、上昇幅は6カ月連続で縮小。消費増税の影響を除くとわずか0.2%だ。原油安によるエネルギー価格の下落に加え、ビデオやパソコンなどが下落幅を広げた。食品の値上げは物価全体を押し上げるほどではなく、「物価上昇率2%」にはほど遠い。
ニッセイ基礎研究所准主任研究員の久我尚子さんは「値上げの一方で、小売りへの出荷額を引き下げるメーカーもある。店頭での価格競争が厳しいからです。食品だけでなく、外食や衣料なども同じ。これらの分野ではデフレ環境が続くと考えられます」と言い切る。いつもよりお金を使う“プチぜいたく”の人が増えたように語られる昨今だが、「一部の人がすることで、普段必要な品はできるだけ安く、が多くの人の肌身に染みついている」。自身も、洋服など身の回り品は高いものを買わない、とか。
消費増税後、初めてプラスとなった昨年10~12月期の実質国内総生産(GDP)成長率(前期比0.4%)でも、約6割を占める個人消費は前期比0.5%増でかろうじて伸びた程度。財布のひもがいかに固いかは、1世帯当たりの消費支出(家計調査)に如実に表れている。昨年は1カ月平均25万1481円で、4月以降減少が続く。明治安田生命保険チーフエコノミストの小玉祐一さんは「節約志向は依然強い。消費増税の影響が尾を引く一方で、社会保険料や国民健康保険料の引き上げ、さらに子ども手当や高校無償化への所得制限導入などが家計負担を重くしている」と指摘する。
まもなく春闘の集中回答日(18日)を迎える。2年連続のベースアップが注目されるが、収入が増えれば消費は盛り返し、物価上昇が実現されるのだろうか。日本総合研究所調査部長の山田久さんは難しい、と言う。昨春より賃上げ率は上がると予測するものの「全体の賃上げ率が1%半ばくらいでは物価上昇はせいぜい1%程度。この程度の賃上げで需要が大きく盛り上がることは想定しにくく、物価上昇は限られる」と見る。小玉さんも同じで「当面の物価は1%を若干割り込んだ水準で推移すると思う。日銀が考えるインフレ期待は現状、生まれていないし、これからも容易には生まれない」。まさに“デフレ以上、インフレ未満”の世界なのだ。
「人口減少社会という希望」を書いた千葉大学教授の広井良典さんは物価が上がらない理由として、節約志向だけでなく構造問題を挙げる。「もの消費はほぼ飽和状態。いくら経済成長を唱えても、日本ではその源である、ものの需要が生まれない社会になりました」
高度経済成長時代、人々は三種の神器(テレビ、洗濯機、冷蔵庫)に続き、新三種の神器(カラーテレビ、クーラー、自動車)を欲しがった。旺盛な需要に供給が追いつかず、毎年のようにものの値段は上がった。少し前までは携帯電話やパソコン、薄型テレビなどがもの消費をけん引した。だが、今はそれもない。「この20年、GDPは500兆円前後で推移し増えていません。政府は公共事業や規制改革、さらにお金をばらまくアベノミクスで何とかGDPを増やそう、成長しようとしていますが、そうならない。すでにものがあふれているからです」と広井さんは言う。多くの人が欲しがるものがなく、生活必需品は安く済ませ、時々プチぜいたく程度では物価全体が上がるインフレになりようがないというわけだ。
「生産年齢人口の減少で日本の潜在成長率は0.5%くらい。10~12月期のGDPの伸び率が前期比0.4%だったということは、現在はすでに好景気なのです」と小玉さん。潜在成長率は、工場や人などを最大限に活用したときの理論上のGDP伸び率だ。「1%が居心地悪いわけではない。2%を超えるような景気を日本に求めるのは、潜在成長率が上がらない限り、無理というものです」
「日銀が高齢者の消費マインドの悪化を心配し始めた」と漏らすのは、日銀ウオッチャーで知られる東短リサーチ社長の加藤出さんだ。内閣府の消費者態度指数によると男女とも60歳以上の消費マインドがアベノミクス始動時より冷え込んでいる。「日本の消費の4割はシニア世代」(久我さん)と言われる今、ゆゆしい事態だ。金融緩和で市場に供給されるマネーの流入で平均株価は「2万円」をうかがう勢い。株価上昇による資産効果は高齢者ほど高いと言われるが、現実に恩恵を受けた人は一部で、多くの高齢者は年金減額の不安などから支出を抑えていると見られる。
加藤さんは「お金を大量に市場に供給する日銀のリフレ政策では、輸出企業中心に賃金が上昇する現役世代はメリットを受けるが、高齢者は円安による生活コスト上昇のデメリットしかない。リフレ政策をすればするほど、高齢者の消費マインドは悪くなる」と分析する。緩和マネーは株高などの資産バブルを生むだけかもしれない。
恒常化する節約志向、ものへの需要低迷、高齢者の冷え込みが消費市場を覆っている。広井さんは言う。「もの消費の時代は終わった。伸びるのは充実した時間を提供するサービス需要。観光や生涯学習、介護のほか、女性が働きやすくなる学童保育やゆったり過ごせるカフェなどだ。こうした分野に力を入れていけば、結果的に経済成長する。これからは成長は目的ではなく、結果と捉えるべきだ」
「経済成長」--日本人の“信仰”だった。アベノミクスも同じだ。その呪縛を解くところに、新しい春が訪れるのだと思う。【内野雅一】