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「乳児難治てんかん」の原因遺伝子が自閉症スペクトラム障害と関連

「乳児難治てんかん」の原因遺伝子が自閉症スペクトラム障害と関連  

 理化学研究所(理研)は9月27日、東京女子医科大学や米ハーバード大の協力を得て、精神発達障害を伴う「乳児難治てんかん」の原因遺伝子変異を導入したモデルマウスが、自閉症に似た社会性の低下と記憶学習の障害を示すことを発見したと発表した。

 成果は、理研 脳科学総合研究センター 神経遺伝研究チームの山川和弘チームリーダー、同・伊藤進研修生(東京女子医科大学小児科学講座助教)、同・荻原郁夫研究員、米ハーバード大学医学部などによる国際研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、オンライン版が8月16日付けで科学雑誌「Neurobiology of Disease」に掲載済みで、印刷版は2013年1月号に掲載の予定だ。

 てんかんは、脳神経細胞の過剰興奮によって引き起こされる発作を特徴とし、全人口の1%以上が発症する頻度の高い神経疾患だ。そして15%~35%という高い割合で、「自閉症スペクトラム障害」(自閉症やアスペルガー症候群など)を合併することが知られている。

 てんかんには多数の種類があり、現在では、その過半数が遺伝的要因によるという考えだ。これまで多くのてんかん原因遺伝子が同定され、その内の20個余りの遺伝子が、神経細胞の興奮を制御する「イオンチャネルタンパク質」を決定している。

 神経細胞の興奮を担う「電位依存性ナトリウムチャネル」では、ナトリウムチャネルを構成する「αサブユニット1型タンパク質(Nav1.1)」をコード(暗号化)する「SCN1A遺伝子」などに、てんかんの原因となる変異が報告されてきた。

 特に、自閉症に似た症状や知的障害などの精神発達障害を伴う「乳児重症ミオクロニーてんかん」患者の約8割は、SCN1A遺伝子の「ナンセンス変異」などの機能喪失変異が起きていることが知られている。

 ナンセンス変異とは、突然変異の内、アミノ酸に対応するコドンをストップコドン(対応するアミノ酸がないコドン)に変化させるもののことをいう。タンパク質の合成はそこで停止するため、不完全なタンパク質が合成されてしまう。もしくは、mRNAが不安定となって分解され、結果、タンパク質は合成されないという機能不全が発生する。

 2007年に研究グループは、患者で見出されたSCN1Aナンセンス変異(画像1)を導入したモデルマウスを作製し、てんかん発症との関連を解析した。その結果、このマウスでてんかん発症と神経細胞の興奮を抑える抑制性神経細胞の機能不全が見られること、さらに正常マウスにおいてNav1.1タンパク質が「パルブアルブミン陽性抑制性神経細胞」で強く発現すること、変異導入疾患モデルマウスではNav1.1タンパク質の量が半分になることが、てんかん発症の原因であることを明らかにした。

 そこで今回、てんかんを発症したSCN1Aナンセンス変異(R1407X:画像1)を有する乳児重症ミオクロニーてんかんモデルマウスにおいても、自閉症のような行動や記憶学習の障害が見られるかどうかについて、詳細な行動試験が行われた次第だ。

 画像1。モデルマウスに導入したSCN1Aナンセンス変異。DomainI~IVからなるナトリウムチャネルNav1.1の内、domainIIIのR1407(1407番目のアミノ酸であるアルギニン)に患者で発見されたナンセンス変異が導入された(R1407X)

 まず、モデルマウスと正常(野生型)マウスを1匹ずつ別々の部屋で飼育して環境に慣れさせ、7日目に行動を観察(ホームケージテスト)。正常マウスは、部屋の中で一定の歩行、立ち上がり行動、毛づくろい行動などをするが、モデルマウスはそれと比較して、歩行距離の低下と立ち上がり行動の減少を示し、また、毛づくろい行動が増加した(画像2・3)。

 この結果は、モデルマウスは慣れた環境では活動性が低下し、自閉症に似た常同行動をすることを示しているという。

 画像2(左)・3。モデルマウスで見られた慣れた環境における活動性の低下と常同行動の増加。A:1時間当たりの移動距離、B:歩行時間の割合、C:速い歩行時間の割合、D:立ち上がり行動の割合、E:毛づくろいの行動時間の割合、F:1時間当たりの毛づくろい行動の回数

 一方、新しい慣れていない部屋にモデルマウスまたは正常マウスを1匹ずつ入れ、それぞれ30分間の行動を観察した(オープンフィールドテスト)。正常マウスは、部屋の辺縁や中心部で一定の歩行をするが、モデルマウスはそれと比較して、歩行距離が増加し中心部に滞在する時間が減少した(画像3)。

 この結果は、モデルマウスは不慣れな環境においては多動となり、不安が強まることを示しているという。

 モデルマウスで見られた新しい環境における多動行動と不安行動。画像4(左)は総移動距離で、画像5は中心部滞在時間

 続いて、3つに区切られて自由に行き来できる部屋を用意し、一方に実験対象とは別のマウス(対照マウス)を入れたケージ、もう一方には空のケージを置き、中央に試験をしたいマウス(モデルマウス、正常マウス)を入れて、対照マウスがいる部屋と空の部屋のそれぞれに滞在する時間と対照マウスの匂いを嗅ぐ時間を比較した(スリーチャンバーテスト)。

 結果、正常マウスは、対照マウスを入れたケージを置いた部屋に滞在する時間とそのケージの匂いを嗅ぐ時間が、空のケージを置いた部屋より長かったのに対し、モデルマウスではそのような差が見られなかったのである(画像6・7)。

 モデルマウスで見られた社会性行動の低下(1)。左右の部屋の一方に実験対象とは別のマウスを、反対の部屋は空き部屋とした、スリーチャンバーテストの1回目。画像6(左)は、各チャンバー滞在時間で、画像7は匂い嗅ぎ行動時間

 次に、空の部屋に新たに別の対照マウスを入れたケージを置き、正常マウスとモデルマウスそれぞれの行動を観察した。その結果、正常マウスは、新たに対照マウスを入れたケージを置いた部屋に滞在する時間とそのケージを嗅ぐ時間が、はじめに対照マウスを入れた部屋より長かったのに対し、モデルマウスでは、そのような差が見られなかったのである(画像8・9)。

 モデルマウスで見られた社会性行動の低下(2)。空き部屋にも実験対象とは別のマウスを入れた、スリーチャンバーテストの2回目。画像8(左)は、各チャンバー滞在時間で、画像9は匂い嗅ぎ行動時間

 さらに、モデルマウス同士と正常マウス同士を自由に接触できる部屋に入れ、それぞれの10分間の行動を観察した(フリームービングテスト)。モデルマウス同士は正常マウス同士と比較して、お互いの体を接触させる回数は同じだったが、お互いの鼻を接触させる回数は少ないという結果が出た(画像10)。これらの結果は、モデルマウスは自閉症に似た社会性の低下があることを示している。

 画像10。モデルマウスで見られた社会性行動の低下(3)。フリームービングテストの結果。左のグラフはお互いの鼻の接触回数で、右はお互いの体の接触回数

 最後に、円周に沿って等間隔に空けた12カ所の穴の内1カ所だけに隠れ箱をつけた正円型のテーブル上に1匹ずつマウスを載せ、5分間の行動を5日間にわたって観察した(バーンズ迷路テスト)。

 穴をのぞき込まないと隠れ箱は見つからないため、のぞき込む回数によって記憶学習を評価できる。モデルマウスは、学習を繰り返した後でも、隠れ箱をつけた穴を発見する前に隠れ箱をつけていない穴を誤ってのぞき込む回数が正常マウスより増加した(画像11・12)。この結果は、モデルマウスの記憶学習が低下していることを示している。

 実験の結果、正常マウスは、4日間の訓練で徐々に箱のついていない穴を誤ってのぞき込む回数が少なくなった。一方、モデルマウスは正常マウスと比較して、4日間の訓練でも箱のついていない穴を誤ってのぞき込む回数が多いという結果が出た形だ(画像11)。

 また、5日目に隠れ箱を外してその位置の記憶を確認するテストでは、正常マウスはその穴を隣の穴と区別できるが、モデルマウスは隣の穴と区別できなかった(画像12)。この結果は、モデルマウスの記憶学習が低下していることを示している。

 モデルマウスで見られた記憶学習障害。画像11(左)は隠れ箱のついていない穴をのぞき込んだ回数。画像12は、各々の穴をのぞき込んだ回数

 これらの行動試験の結果は、モデルマウスが、乳児重症ミオクロニーてんかんの患者に見られる自閉症に似た症状に類する常同行動、多動、社会性の低下、また、知的障害に類する記憶学習の障害を有することを示した。

 今回、乳児重症ミオクロニーてんかんの患者に見られる自閉症に似た症状や知的障害が、SCN1Aナンセンス変異を導入したモデルマウスで初めて確認された。このモデルマウスに見られるようなパルブアルブミン陽性抑制性神経細胞の機能低下は、ほかの自閉症の患者やモデル動物でも報告されていることなどから、てんかんと自閉症の双方には共通の分子細胞基盤の存在が予想されるという。

 今後、このモデルマウスを用いて詳細な分子機構を調べることで、乳児重症ミオクロニーてんかんだけではなく、自閉症や記憶学習障害の発症メカニズムの解明や、これら疾患に対する有効な治療法の開発にも役立つと期待できると、研究グループはコメントしている。

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