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理研、厚みのある生体組織を変形させずに透明化できる試薬「SeeDB」を開発
理化学研究所(理研)と科学技術振興機構(JST)は6月24日、厚みのある生体組織をそのままの形状を保持しながら、簡便に透明化する新しい試薬「SeeDB(シーディービー)」を開発したと共同で発表した。
成果は、理研 発生・再生科学総合研究センター 感覚神経回路形成研究チームの今井猛チームリーダー、同・柯孟岑 研修生(京都大学生命科学研究科博士課程)、同・藤本聡志研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間6月24日付けで英科学誌「Nature Neuroscience」に掲載された。
組織の形態を観察する際は、組織を薄くスライスして2次元像を観察する以外にない。よって、生体組織の3次元像、例えば数mmにわたって突起を伸ばす神経細胞の形状の全貌を知るには、従来なら脳切片の2次元像を多数集めて3次元に再構築するという、骨の折れる作業が必要だった(画像1)。
画像1。切片を使った神経回路の再構築のイメージ
近年、GFPなどの蛍光タンパク質やさまざまな蛍光色素が開発されたことから、生体試料の画像取得には蛍光顕微鏡がよく使われるようになった。とりわけ、3次元の蛍光画像の取得が可能な「共焦点顕微鏡」や「2光子励起顕微鏡」が普及してきている。しかし、生体組織中では「光散乱」が生じるため、共焦点顕微鏡で数10μm、2光子励起顕微鏡で数100μmの深さまでしか高解像度の画像を得られなかった。
試料と溶媒の屈折率の不一致が光散乱の原因とされているが、最近になってその光散乱を減らし、より深部までの3次元蛍光画像を取得するための方法として新たな手法が間が出されている。これまでのように顕微鏡側の性能を上げたり新たな仕組みを開発したりするだけではなく、生体試料側に手を加える、つまりは薬剤などで処理をして試料の「透明化」を行う手法が開発されてきているのだ。理研でも2011年に蛍光タンパク質の退色が起こらない初めての透明化試薬として、タンパク質変性作用のある尿素を主成分とする「Scale法」を開発している。
しかし、こうした透明化法は生体組織や蛍光色素に対してダメージを与えたり、非常に手間や時間がかかったりするという問題があり、より簡便で生体組織へのダメージが少ない透明化法が望まれていた。
そこで研究チームは屈折率が高く、かつ生体試料へのダメージが少ない水溶性試薬についての検討を実施。その結果、「フルクトース(果糖)」と水および微量の還元剤からなるSeeDBの開発に成功したのである。この試薬の名称は、脳深部まで見ることができるという「See Deep Brain」に由来して名付けられた。なおフルクトースはハチミツや果物にも多く含まれる糖で、普段の食生活でも極めて馴染み深い化合物である。
SeeDBは、ホルマリン固定した脳などの生体試料をわずか3日程度で透明化することが可能だ。従来の方法(2~3週間)に比べると格段に早く、手順も簡便である。また、蛍光タンパク質を初めとする多くの蛍光試薬の蛍光を保持でき、蛍光イメージングに適しているという。画像2~4が、SeeDBを用いて透明化が施された生体試料だ。
SeeDBを用いて透明化が施された生体試料。画像2(左):マウス胎仔(胎生12日)。画像3(中):新生仔マウス(生後3日)の全脳。画像4(右):大人のマウスの脳スライス(66日齢、厚さ1.5mm)。従来の透明化試薬では、透明化に伴って生体試料のサイズが膨張・縮小するという問題があったが、SeeDBではそのような問題は生じない。また、従来、脂質に富んだ白質(神経線維が豊富な領域、左下の図で暗く影になっている部分)は透明化が難しいとされていたが、SeeDBを使うと効率よく均一に透明化できる
特に、脂溶性の蛍光神経トレーサー「DiI」で染色したサンプルでも透明化できるという点は大きな利点だという(画像5~7)。DiIは、ホルマリン固定した脳組織の神経細胞の形態を観察するのに非常に有用で、神経科学研究において広く使われているが、従来の透明化試薬はいずれもDiI色素を流し去ってしまうという問題があった。しかし、SeeDBではそのような問題がないため、ヒトの死後脳標本などの蛍光タンパク質の遺伝子導入ができないサンプルでも、DiIで染色して神経細胞の3次元形態解析を行うことが可能になると考えられるという。
画像5~7:マウス死後脳をDiIで標識し、SeeDBで透明化したもの。神経細胞の形態を標識する際には、蛍光タンパク質を発現する遺伝子改変動物を作製したり、生きた動物にウイルスベクターを導入したりすることがよく行われるが、これらが難しい生体試料もある。例えば、ヒトの死後脳に蛍光タンパク質を導入することはできない。死後脳の神経細胞の形態を観察するには、DiIと呼ばれる脂溶性色素がよく用いられてきたが、従来の透明化試薬ではDiIが流出してしまう問題があった。これに対し、SeeDBを使うとDiIで染色した脳も透明化して観察できる。スケールバーは50μm
また研究チームは、SeeDBの重要な利点として、生体試料へのダメージがほとんどない点も挙げる。従来の透明化法はいずれも生体試料のサイズや形状、組成を損なってしまうため、微細な形状の定量的な解析には不向きだった。しかし、SeeDBで処理したマウスの脳は、透明化の過程で大きさの変化や微細構造の変化はないため、生物の形態形成や機能を定量的に理解するという現代生物学の要請に応えることが可能というわけだ。
さらに研究チームはSeeDBの威力を最大限に引き出すために、深さ8mmまで観察が可能なカスタムメイドの対物レンズと2光子励起顕微鏡を用いて、SeeDB処理を施した蛍光標識マウスの脳(厚さ6mm)の蛍光イメージングを実施。その結果、脳の上から下まで高解像度の画像を取得することに成功した(画像8・9、動画1・2)。従って、SeeDB法と2光子励起顕微鏡を組み合わせると、神経細胞の形態や接続を、ミリメートルスケール、究極的には全脳規模で解析可能であると考えられるという。
画像8は、SeeDBと2光子顕微鏡を組み合わせた大規模なイメージング。一部の神経細胞が黄色蛍光タンパク質(YFP)で標識された遺伝子改変マウス(Thy1-YFP-H)の脳にSeeDB処理を施し、蛍光イメージングが行われた。SeeDBに最適化されたカスタムメイド対物レンズ(作動距離8mm)を用い、2光子励起顕微鏡で画像取得した。一度に取得できる画像は500μm×500μmだが、これを貼り合わせてより広範囲の画像にすることができる。マウス脳は約6mmの厚みがあるが、このイメージングシステムを使うと切片を作製することなく、上から下まで可視化が可能となる。
画像9は、SeeDBと2光子顕微鏡によって取得した蛍光画像の3次元表示。Thy1-YFP-Hマウス脳の蛍光画像を3次元で表示したもの。神経細胞1つ1つの詳細な立体形状を、大規模に3次元で可視化できる。いずれも厚さ6mmのマウス脳を丸ごと上から撮影したものだ。ここで表示している脳断面やブロックの写真は、実際に脳を切って取得したのではなく、丸ごと撮影した後で、コンピュータ上で必要な部分を再現している。ちなみに透明化しなければ、この1/10程度の深さ数100μmまでしか見ることができない。
画像8。SeeDBと2光子顕微鏡を組み合わせた大規模なイメージング
画像9。SeeDBと2光子顕微鏡によって取得した蛍光画像の3次元表示
動画1。SeeDBと2光子顕微鏡によって取得した蛍光画像の3次元表示
動画2。SeeDBで透明化したマウス脳の連続断層蛍光像(深さ約6mm)
そして研究チームは、SeeDBがコネクトーム解析にも極めて有用であるかどうかの検証も実施した。なおコネクトームとは、ヒトの脳の約1000億個におよぶ神経細胞の複雑な接続様式を記述した回路図のことをいう。2000年代に入ってから提唱された言葉で、遺伝情報全体をゲノムと呼ぶように、脳の接続様式の総体をコネクトームと呼ぶようになり、現在はコネクトームを「解読」する機運が世界的に高まっているところだ。
そこでまず研究チームは、「脳梁線維」を蛍光タンパク質で標識したマウス脳にSeeDB処理を施し、蛍光イメージングを実施。脳梁線維は左右の大脳半球をつなぐ長い神経線維で、基本的に左右の同じ領野同士を互いにつないでいる。イメージングの結果、大脳皮質II/III層由来の脳梁線維の1本1本を区別して追跡することに成功し、大脳皮質における領野の相対的な位置関係は脳梁線維の束でも保持されていることが見出された(画像10・11)。
すなわち、左脳の領野間の位置関係は、脳梁線維においても相似形で保持されており、相対的な位置関係を保ちながら右脳側に接続していることになる。この結果から、脳梁線維が正しく配線されるためには、走行の途中で「相似形を維持する」メカニズムが働くことが重要であると考えられた。
子宮内のマウス胎仔に遺伝子導入を行い、左脳の大脳皮質II/III層の錐体細胞に赤色蛍光タンパク質をまばらに発現させ、脳梁線維を1本1本の解像度で可視化・再構築したもの。画像10(左)の左の画像は、生後7日目で全脳をホルマリン固定し、その後SeeDBによる透明化処理が行われたものだ。そして画像10の右の画像は、2光子励起顕微鏡を用いた画像を多数貼り合わせることにより、脳梁線維1本1本の走行の様子を明らかにしたものである。画像11(右)は3次元画像。その3次元画像から、左脳から出発した脳梁線維は、もともとの相対的な位置関係を保ちながら正中線を通過し、右脳側へと到達することが判明した。すなわち、脳梁線維は出発点から終着点まで、金太郎アメのように位置関係が相似形で保たれているといえるというわけだ。スケールバーは500μm
次に、研究チームはSeeDBを用いて匂い情報処理の一次中枢である「嗅球」の神経回路の解析も行った。匂い情報は、まず鼻腔内にある1000種類の嗅神経細胞(匂いセンサ)によって検出され、この情報は脳の嗅球へと伝えられる。嗅球では「糸球体」という構造が匂い情報処理の基本単位になっており、1個の糸球体には1種類の匂いセンサの情報だけが入力される仕組みだ。その後、その情報は15個程度の「僧帽細胞」へと伝えられた後、嗅球内でさまざまな神経細胞とのやりとりを経て演算された後、「嗅皮質」と呼ばれる高次嗅覚中枢へと伝達される。しかし、僧帽細胞の嗅球内における詳細な配線様式についてはよくわかっていなかった。
研究チームは、SeeDBを使って嗅球を透明化し共焦点顕微鏡で3次元画像を取得。すると、1個の糸球体に接続する15個程度の僧帽細胞の配線様式を一度に丸ごと明らかにすることに成功したのである(画像12・13、動画3)。そして、同じ糸球体に接続する僧帽細胞の間でも、嗅球内の配線先は実に多様であり、匂い情報の演算、特に抑制(引き算)回路のつながり方がそれぞれ異なっていることが示唆された。このように、神経回路の全体的な形態を単純に「見る」コネクトーム研究は、神経回路の機能や情報処理過程の理解にも重要な示唆を与えてくれるのである。
匂い情報の一次中枢である嗅球の神経回路を可視化したもの。同じ糸球体に接続する僧帽細胞の間で嗅球内の配線が似通っているのか、多様性に富んでいるのかを明らかにするため、今回の研究では単一の糸球体(画像12:左)の赤色部分)に神経トレーサーが注入され、接続している僧帽細胞のすべてが蛍光標識された。その後、SeeDBによる透明化がなされて共焦点顕微鏡による3次元画像取得が行われ、嗅球内の配線の様子を一度に明らかにした形だ。また、今回用いられた遺伝子改変マウス(OMP-GFP)は、すべての糸球体を緑色蛍光タンパク質で標識されている(画像12に緑色で表示)。この解析の結果、単一の糸球体から染め出された13個の僧帽細胞は実に多様な配線様式を示すことが判明(画像12に異なる色で表示)。従って、同じ糸球体から情報を受け取る僧帽細胞同士でも配線様式は一様ではなく、異なる神経細胞(主に顆粒細胞)に接続して抑制(引き算)を受け(画像13:右)、異なる情報を高次嗅覚領域に伝達しているものと考えられる。スケールバーは500μm
動画3:嗅球の単一の糸球体に接続している僧帽細胞の可視化
SeeDBを用いると、脳を初めとする生体試料を簡便に透明化でき、容易に3次元画像の取得が可能だ。とりわけ、神経細胞の接続様式を大規模解析するコネクトームのアプローチには有効である。今後、神経回路のコネクトーム解析や、生物の立体的な発生過程の理解など、「3D生物学」の発展が期待できるという。その一方で、顕微鏡技術や膨大な3次元画像データの解析手法についてはまだ発展途上であり、今後の展開が期待されるとしている。