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理研など、喫煙欲求が形成される脳の領域とそれを促進する領域を究明
理化学研究所(理研)は1月29日、タバコを吸いたいという欲求(喫煙欲求)が大脳の「前頭前野腹内側部(眼窩(がんか)前頭皮質)」の活動により形成されており、さらに前頭前野の背外側面(背外側前頭前野)が喫煙に関わる状況に応じて喫煙欲求を促進していることを、機能的MRI(fMRI)法および「経頭蓋磁気刺激法(TMS)」の2つの先端技術を組み合わせた手法で明らかにしたと発表した。
成果は、理研 分子イメージング科学研究センター 分子プローブ機能評価研究チームの林拓也副チームリーダー、加マギル大学モントリオール神経研究所のAlain Dagher教授らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間1月28日米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載され、同雑誌1月28日週号のハイライト論文にも選ばれた。
薬物依存症は精神疾患の1つで、「薬物の効果が切れてくると、薬物が欲しいという強い欲求(渇望)が湧いてきて、その渇望をコントロールできずに薬物を使ってしまう状態」(厚生労働省Webサイトから引用)を指す。
薬物依存症の原因として、意思決定に関わる脳機能の異常が示唆されている。近年、薬物規制や入手の容易さに対する「自己認識」や薬物使用に対する「自己抑制」が、薬物への渇望にどのように影響しているかの研究が試みられているが、その脳内機構はわかっていない。
これまでの行動学的研究から、タバコに対する喫煙欲求は、薬理学的主成分の1つであるニコチンの欠乏よりも、「自己認識:喫煙可能性の認識」や「自己抑制:禁煙治療意欲」など喫煙行動に関わる自己意識の影響を強く受けることが示されている。
例えば、飛行中の禁煙を強いられる旅客機の客室乗務員は、飛行時間の長さによらず、禁煙から解放される着陸直前の期待感により喫煙欲求が著しく高まることが報告されている。一方、神経機能イメージングによる脳神経科学の研究からは、タバコの煙の視覚刺激など喫煙を想起する刺激によってさまざまな脳の部位が活性化することが見出されている。
特に、ものに対する主観的な価値判断を行う前頭前野と呼ばれる部位が喫煙欲求に関わっている可能性が示唆されてきたが、具体的な神経メカニズムはこれまで不明だった。
そこで研究グループは今回、視覚刺激によって引き起こされる喫煙欲求が状況によって変化する時、前頭前野の活動がどのように関わっているかの調査を実施。
10人の喫煙者(女性3人、男性7人、平均年齢23歳)を対象に、(1)実験終了後すぐに喫煙できる、(2)実験終了後4時間は禁煙を続ける、のどちらかの状況を伝えた上で、外部から局所的な磁場をかけて神経活動を一時的に抑制するTMSを用いて、(1)前頭前野の活動を抑制する(実験群)(2)TMSを施したように装うが実際にはしない(対照群)、のいずれかの処置が行われた。
この2×2の4パターンを1人の喫煙者に対して行い、喫煙シーンのある動画を見せた時の脳機能の活性化部位をfMRIで観察したのである。また、この時の喫煙欲求の強さ(喫煙欲求度)を、「私は今すぐタバコを吸いたい」気持ちの程度として0~10の数値で自己評価も実施した。
実験の結果、タバコをすぐ吸える状況(前述の(1))では、喫煙欲求度は強かったのだが、TMSを用いて人為的に前頭前野の背外側面(背外側前頭前野)の脳神経活動を抑制すると、喫煙欲求が下がり、タバコをすぐ吸えない状況(前述の(2))と同じくらい低い喫煙欲求度になった(画像1)。
画像1は、喫煙可否の異なる状況下での喫煙欲求度。1人の喫煙者に対し、4つの実験下の喫煙欲求度を測定し、それぞれの平均値を取った結果がグラフに示されている。
喫煙欲求度は、喫煙シーンのある動画を見た時(視覚刺激あり)と、喫煙に関係ない動画を見た時(視覚刺激なし)それぞれの「タバコを吸いたい」という欲求を0~10の数値で自己評価を行わせ、視覚刺激あり/なしでどれだけ喫煙欲求が強まったかを比で表した形だ。
脳の神経活動を操作しない(対照群)場合は、喫煙がすぐに許可される状況の喫煙要求度が強いが、TMSを用いて背外側前頭前野の活動を抑制すると(実験群)、喫煙可否状況の違いによる喫煙要求度の差が小さくなることが判明した。
画像1。喫煙可否の異なる状況下での喫煙欲求度
またfMRIの観察から、喫煙欲求の強さに常に比例した活動を示す部位は前頭前野の腹内側部(眼窩前頭皮質)であること(画像2)、さらに喫煙可否の状況により活動が変化する部位が背外側面(背外側前頭前野)に位置することがわかった(画像3)。
この眼窩前頭皮質の活動は、背外側前頭前野の活動をTMSで抑制するとそれに応じて減衰し、この現象はタバコをすぐ吸える状況でより顕著に現れた(画像4)。
画像2~4は、喫煙欲求度と自己制御に関わる脳機能活動。「今すぐ吸いたい」という気持ちが強いほど活性化する部位が黄色で示されている。
画像2。喫煙可否の状況に関わらず、視覚刺激によって生じた喫煙欲求度と相関した活動が見られた眼窩前頭皮質
画像3。すぐに喫煙できる状況において欲求度とより強い関連した活動を示した背外側前頭前野。十字部は、背外側前頭前野の活動を実験的に抑制するために行ったTMSの標的部位を指す
画像4。画像3で示した部分をTMSで人為的に神経活動を抑制すると、喫煙欲求度に関連する眼窩前頭皮質の神経活動の低下が見られた(青色)
これにより、背外側前頭前野は喫煙可能な状況の認識に基づいて喫煙欲求を促進すること、そして背外側前頭前野で認知処理された情報が眼窩前頭皮質へ送られ、喫煙欲求に対する活動を形成していることがわかった。(画像5)。
画像5は、今回の実験結果のまとめ。背外側前頭前野は、薬物使用に関わる状況を認知し、眼窩前頭前野が薬物使用の価値付けを処理し薬物欲求を形成する。背外側前頭前野で認知処理された薬物使用に関わる状況の情報が、眼窩前頭皮質へ送られ同部位の活動を促進または抑制することで、薬物の価値付けが制御される機構が作動していると考えられる。
画像5。今回の実験結果のまとめ
今回の結果から、状況に応じた喫煙欲求の促進は、背外側前頭前野と眼窩前頭皮質を結ぶ神経ネットワークの連携に基づくものであることが判明した形だ。これは、タバコなどの薬物依存がこのネットワークの強化によって形成される可能性を示唆しているという。
このネットワークに注目することで、新しい薬物依存症の治療ターゲットや依存症の評価法の開発につながる可能性が示唆されるとした。今後、タバコを始めとする薬物依存症の神経基盤をさらに詳細に理解することで、有効な治療法の開発につながると期待できると、研究グループは述べている。