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「床抜け」以上の恐怖もある…すべての本好きに捧げる渾身のドキュメンタリー『本で床は抜けるのか』
『本で床は抜けるのか』(西牟田靖/本の雑誌社)
本棚に入りきらない本や雑誌をギュウギュウと詰め込んだ末、押し入れ上段の床を抜いてしまったことがある。実家暮らしだった学生時代の話だ。
押し入れから雪崩式に飛び散らかった本たちは、そのとき思い切って処分した…と格好つけたいところだが、実際には詰め込み場所を押し入れの下段に変更しただけで、その後もズルズルと溜め込んでいたと記憶している。「記憶している」と書いたのは、実家を出るとき自分の部屋を居抜き状態で弟に譲り渡してしまったため、押し入れの中身がどうなったのか、確認をしていないからだ。
きっと、弟か両親が適当に処分してくれたのだろう。当時は自分なりに正当な理由があって溜め込んでいたはずなのに、今となってはその内訳も思い出せない。日課のように古本屋巡りをしていた時代なので、それなりに希少なものもあったと思うが、その行方をいまだ家族に尋ねてもいないのだから、我ながら不思議ではある。「押し入れの床を抜いてしまった」という申し訳ない気持ちから、溜め込んだ本たちの記憶を無意識に抹消してしまったのかもしれない。
そんな僕にとって西牟田靖さんの『本で床は抜けるのか』(本の雑誌社)は、身につまされるというよりも、一種の戦慄をおぼえる恐怖のドキュメンタリーだった。
「それほど熱心な本読みではなかった」という西牟田さんの生活空間が、本に浸食されるようになったのは、大量の資料を必要とするノンフィクション作家として、本格的な活動を始めてからのこと。書庫として借りたアパートの一室に蔵書を移したとき、初めて「本で床が抜けるのでは?」という不安にかられることになる。そこから、西牟田さんの「床抜け」を巡る探究の旅が始まった。
そもそも、本当に本で床が抜けるのか? 調べてみると確かに、「床抜け」を体験した人たちがいる。ある軍事評論家は、アパートの床を蔵書で抜いてしまった結果、多額の弁済金を支払うことになった(彼はその顛末を詳しく語ることを拒絶する)。また、あるライターは蔵書やコレクションの重さによって友人が所有するアパートを傾けてしまう。建物の古さや立地条件にも問題があったというが、なかなかに壮絶なエピソードである。
「床抜け」こそ免れたものの、想像を絶する大量な蔵書と向かい合う人々の姿も強烈だ。中でも圧巻なのは、『随筆 本が崩れる』という著書まで残した博覧強記の評論家・草森紳一。2DKの自宅に約3万冊を蔵し、文字通り本の隙間で生活をしていたため、その死後に関係者が草森の遺体を発見することすら困難だったという。このほか、大病をきっかけに蔵書の断捨離を敢行した作家・イラストレーターや、蔵書の電子化により空間的問題の解決を目指したジャーナリストなどに対し、西牟田さんは丁寧な取材を行う。
当初、旅の目的は西牟田さんと同じように大量の蔵書を所有する人たちが「床抜け」にどう対処しているかを調査し、自らの蔵書問題の解決に役立てることだった。自分にとって本は「娯楽」のために集めるものではなく、仕事上必要な「資料」なのであるという立ち位置を何度か確認しつつ、西牟田さんは「本」と「生活」との両立を模索していく。
しかし読み進むうちに、仕事に必要な「資料」であるはずの本が、西牟田さんにとって実はそれ以上の存在なのでは? という疑念がわいてくるのだ。これこそ、僕が本書に感じた最大の“恐怖”である。
──それになにより自炊という行為が人を殺めることに似ているように思え、作業を繰り返していて嫌悪感が募った。(中略)自炊代行業者へ大量の本を発送したことへの後ろめたさがそのときふとこみ上げた。「ドナドナ」の旋律が耳鳴りのようにかすかに響いた──
≪自炊を巡る逡巡≫
──(資料を詰め込んだ)段ボールの存在感が「僕に早く書け」と静かに脅迫する。心理的な圧迫感が、僕に「今このテーマに取り組んでるんだ!」という実感をみなぎらせ、創作意欲をかきたてるのだ──
≪本を書くたびに増殖する資料の本をどうするか≫
草森紳一をはじめ、大量の蔵書を遺した先達に対する畏敬や憧憬を隠さず吐露する箇所が散見されるのも気になるところ。そしてなにより、本書を執筆している間にも、西牟田さんの「床抜け」問題は解消するどころか、ますます深刻の度合いを増していくのである。
やがて訪れる衝撃の結末。中盤からうすうす予感させてはくれるのだが、それでも終章にたどり着いたときの戦慄は相当なものだった。西牟田さんが集めた大量の蔵書が「抜いた」のは、「床」ではなかったのだ。
僕も同業の端くれとして、西牟田さんほどではないが相応の蔵書に囲まれて暮らしている。本好きであれば、僕以上の蔵書を抱えている人なんていくらでもいるだろう。そうした人たちにとって「床抜け」は決して他人事ではない。その点において、本書は極めてためになる知恵を授けてくれる実用書ともいえる。しかし本好きであればあるほど、本書を通じ、西牟田さんが図らずも暴いていく“本の魔力”に震えてしまうのではないだろうか。蛇足を承知で言わせてもらえば、本書を原作とした映画をぜひ観てみたいと思いましたね。
文=石井敏郎
本記事は「ダ・ヴィンチニュース」から提供を受けております。
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