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アリスとハナが、「殺してしまった」男子生徒を探す青春ストーリー【岩井俊二監督最新作『花とアリス殺人事件』を乙一がノベライズ】
恋愛小説や青春小説という手合いがどうにも鬼門で、いつもイチコロに往生させられてしまう。恋愛とか青春なんつうものは正々堂々と、いささかな翳りをともない、けれども含羞をもって、「実行」すべきおこないであり、決して「読む」たぐいの営為ではあるまいと私が断じているからだろう。とはいえ、たまに許せる、背筋をただすような美しい作品に出会うこともあるのであって、たとえば、レ・ファニュの『吸血鬼カーミラ』を恋愛小説、チェーホフの『かもめ』を青春戯曲と呼んでいいなら、まだまだ私も粛々と尻が青いと自負できる。つまりは、ひねくれているのだろうが。
【画像あり】『花とアリス殺人事件』中面をチェック
映画『花とアリス』は2003年に岩井俊二監督の手で、主演に蒼井優と鈴木杏をむかえて公開され、大きな反響を呼んだ。親友の荒井花「ハナ」と有栖川徹子「アリス」が、宮本先輩との三角関係のため軽躁に走るコミカルな物語だが、あんまり絶賛するとどうやらロリコンの札を貼られるこの映画についての世の中の大勢なので、ちょっとだけ褒めておくと、なによりも蒼井優のバレエシーンが静かに魅惑的なんである。父親と鎌倉を散歩するときの、控えめでたゆたうように繊細な演技も素晴らしい。なんか完全に蒼井優が鈴木杏を食ってしまった感触がある。岩井監督、鈴木杏をなんとかしてやれよ、という感じである。『LOVE LETTER』で中山美穂を、あれだけなんとかしてみせたじゃないの。
本書はその前日譚にして、やはり「ハナ」と「アリス」の恋模様を中心に展開するお話し。原案が岩井俊二監督で、ノベライズが乙一。乙一ならではの猟奇的な味わいを潜めているから、いくら「殺人事件」といっても、串刺しになった女子中学生や、輪切りなった女子中学生や、開きになった女子中学生は出てこないので、血に弱い諸氏にも、大丈夫の仕様になってるわけ。逆に、走るセーラー服や、地べたに寝っ転がるセーラー服や、チュチュ姿の女子中学生が好きな方には必読の箇所を取りそろえている。
物語の発端だけ紹介すると、郊外に引っ越してきた「アリス」の隣家には引きこもりの「ハナ」が住んでいた。「ハナ」は、同じ学級の男子生徒を殺してしまった記憶から不登校になっている。クラスには「ユダが四人の妻をもつ男を殺した」という不穏な噂がささやかれており、黒魔術的な儀式も執り行われていたりもする。「ハナ」の友達となった「アリス」は、ともに、男子生徒がほんとうに死んでいるのかどうか確認行動に出かけるのだ。
言うまでもなくこれは、ロードノベルであると同時に、探索小説になっているところがうまい。ミステリーの世界ではよく、探していた人物が見つかると、以前の彼とはまったく違う人間になっていたりする技が使われるものだが、本書ではどうなっているか、それは秘密。
手がかりの糸先を求めて、「アリス」が男子高校生の父親らしい人物を追いかけて乗り込むタクシーの運転手や、くだんの老人と垣間交わす会話など、大人はみんないい人になっているところにちょっと引っかかるものの、そのいい人ぶりはそれはそれでなかなか印象的ではあるんである。
これはまた、ヴィジュアルイメージで書かれた作品でもある。彼女たちはこんぐらかった内面をぐずぐず垂れ流したりしない。とにかくまず行動だ。その途中で見かける物や人が小説の丈夫な骨になっている。
そうして、実は、2人の少女が、出来事と出来事の合間の、何でもない時間に、青い空を見上げ、風を飲み込み、夜を感じる。そんなシーンこそ、若さだけが感じることのできる「世界の匂い」を裏から支え、この作品を青春小説たらしめている。
文=岡野宏文