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月曜日にレストランで魚料理を注文すべきではない?
「わが生涯において忘れがたい、最も甘美な瞬間が訪れた。その一瞬は、それ以後に体験した多くの『初体験』—-初めてのセックス、初めてのマリファナ、高校への初登校の日、初めて自分の著作を世に出したことなど、もろもろ—-にもまして、いまも鮮やかに甦る」(『キッチン・コンフィデンシャル』より)
生意気で手のつけようのなかった9歳の少年が味わった、「童貞を捨てたときと同じくらいはっきり記憶している」という「初体験」。それは両親に連れられて、夏休みにフランス南西部の土地を訪れた際に、生牡蠣を食べたこと。生まれて初めて口にしたその牡蠣の美味しさに、すっかり食べ物の魔力に取り憑かれてしまった、少年アンソニー・ボーデイン。
この衝撃を機に、一人の不良少年がプロのコックの道へと進み、時にドラッグに溺れながら、数々のレストランを渡り歩き、仲間たちと出会い、マンハッタンのブラッスリー・レアールでエグゼクティブシェフを務めるに至るまでの紆余曲折の日々が語られていく本書『キッチン・コンフィデンシャル』。
2000年に出版された本書は、ニューヨーカーたちを虜にし、ベストセラーとなりましたが、この度、新装版として新たに刊行されました。
本書の魅力のひとつは、当時のニューヨークのレストランの恐ろしい実情が、ユーモアの効いた文体と共に軽快に語られていくところにあります。
たとえば、月曜日には魚料理を注文するべきではないとのこと。魚の仕入れの関係上、月曜日は在庫一掃セール、週末に売れ残ったものの叩き売りとなる曜日。なんとかして金に換えてしまおうと、腐りかけた魚を使った料理がメニューに現れるのだといいます。
あるいは日曜のブランチメニューも、金曜と土曜の夜に出た残り物や余り物を片付ける恰好のチャンス。そのため、本来さっと焼いてレモン汁で食べたほうが旨いはずの魚が、なぜかビネグレット・ソースまみれで出てきたら要注意。それは、「保存」か「ごまかし」を意味するのだそう。
その他にも、「ビーフ・パルマンティエ」「シェパードパイ」「チリ・スペシャル」。これらは全て残り物整理の気配あり。もしも、レストランで美味しい食事をしたいのなら、火曜日から土曜日に、繁盛していて客の出入りが多く、回転の速いレストランに行くのが良いといいます。
優雅とは程遠い、罵声飛び交う厨房。個性的な登場人物たち。しかし、お客としては恐ろしいこうしたエピソードを読みながらも、本書を読み終えたときに、思わず、美味しい料理を食べに行きたくなるのは、アンソニー・ボーデインさんの料理へ注ぐ並々ならぬ情熱と、無条件の愛情に触れるからなのかもしれません。
最高にクールでセクシーな、料理を愛してしまった一人の男の人生録。この機会に読んでみてはいかがでしょうか。