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漫画の女子力 第3回 幸子の「わざとだよ?」問題
漫画のキャラクターには、それぞれの作品背景ごとに役割がある。普通に漫画を読み進めているだけでは気づかないような、有名キャラクターたちの「女子力」について考えてみる連載コラムです。
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今回のキャラクター: 幸子(『NANA』)
○奈々の彼氏を略奪した川村幸子
その当時、多感な読者たちを震え上がらせた伝説のセリフについて、今一度考えたい。”わざとだよ問題”である。『NANA』(集英社)の序盤に登場し、主人公の奈々(通称ハチ)がそのとき付き合っていた彼氏の章司を略奪した、川村幸子。彼女を代表するセリフが、「わざとだよ?」なのである。
奈々の彼氏・章司は、大学もバイト先も同じことが発覚した幸子と意気投合。バイトの後、終電をめがけて章司と幸子が走っていた際、幸子のヒールが脱げてしまう。「走らないと終電逃すの分かってて、なんでそーゆー靴履くかな」とあきれる章司に対し、うつむき、少しの沈黙、階段の下からの上目使い! 斜め45度(多分!)! 章司の目をじっと見つめる! 小柄! お目目ぱっちり! あひる口! そして! 幸子は! 言い放つ! 「わざとだよ?」! 幸子の上目使い顔がアップで描かれたコマのバックには! お花のような柄がパァァ!
以来、幸子と言えば「わざとだよ?」、「わざとだよ?」と言えば幸子、と言わんばかりに、幸子という女は、わざとだよ界を牛耳る存在となったのである。
おー、こわ。誰もが幸子に対して思ったはずである。幸子、なんて生易しいものではなく、主人公の奈々に感情移入して読んでいた読者としては、「このアマ」くらいに思って然るべきシーンだった。
○小悪魔、というわけではない
しかしだ。小悪魔の権化のようにされている幸子及び幸子の「わざとだよ?」だが、幸子に対する小悪魔評は、落ち着いて考えると少し違和感がある。まず、「小悪魔」の定義を「相手の感情を揺るがすことで、自分の思う通りに動かす」とするならば、”幸子の「わざとだよ?」発言”は小悪魔に該当するが、”幸子自身”は実は小悪魔ではない。
なぜなら、結果だけ見ると幸子は章司を奪えているものの、最初こそ「彼女がいる人には奢ってもらわない主義なの」と距離を取ろうとしている上に、奈々にバレて章司が振られるまでは、二股をかけられていた。この時点では、「自分の思う通りに動かす」ことはできていない。章司を奪えたのはあくまで結果論であって、場合によっては二股のまま不毛な状態で苦しみ続けることもあり得たはずだ。
○「わざとだよ?」発言のキモ
そのような前提があった上で、「わざとだよ?」一点のみについて考えてみたい。この発言のキモは、聞いた相手を「この世の中にそんな言い方があったのか!」と驚かせる表現方法にある。内容だけを見れば、古き良き「酔っちゃった(終電なくなっちゃった)」とほぼ同じ。だが、今まで誰も思いつかなかった言い方をしよった……! という点が、章司の心を動かす後押しになったはず。身も蓋もないことを言うと、それが多分、恋に落ちる仕組みだからである。
例えば、ある程度の好みの条件を満たしている人が数人いたとして、その後、関係が進展するかは、「わざとだよ」的な、ホルモンが分泌されるような、エポックメイキングな出来事が一定回数を超えるかどうかにかかっている。「タイミングが良かった」、「意気投合した」、「気付いたら好きになってた」を因数分解すると、おそらくそういうことなのだと思う。全部、ホルモンのせいなのだ。
「わざとだよ?」を紐解いた今回の結論は、「人はホルモンに振り回される生き物」。生きる上で、何かマイナスの感情や、コントロールできない感情が自分の中に湧きあがったときは、「お、ホルモンのやつ活性化してるな」と何もかもホルモンに責任転嫁するとだいぶ生きやすくなる、というライフハックも添えておきたい。
※写真は本文と関係ありません
朝井麻由美
Twitter@moyomoyomoyoフリーライター・編集者・コラムニスト。ジャンルは、女子カルチャー/サブカルチャーなど。ROLa、日刊サイゾー、マイナビ、COLOR、ぐるなび、等コラム連載多数。一風変わったスポットに潜入&体験する体当たり取材が得意。近著に『ひとりっ子の頭ん中』(KADOKAWA中経出版)。構成書籍に『女子校ルール』(中経出版)。ゲーム音楽と人狼とコスプレが好き。
(朝井麻由美)