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著名マンガ家が語る歴史マンガの可能性〈週刊朝日〉
卑弥呼から白洲次郎まで、著名なマンガ家たちが描いた「週刊マンガ日本史」は、従来の歴史マンガとは一味違うドラマチックなストーリーとなり、大ヒットとなった。新たに再刊された同改訂版シリーズも孫と一緒に楽しめるとシニア層に大好評だ。参加した安彦良和氏が偉人とその時代の魅力を語る。
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最初はお断りするつもりでした。子供向け=学習マンガと思ったからです。ところが、作家性を出し、好きなように人物を描いてほしいという。それならと思ってリストを見ると「勝海舟」があった。『王道の狗(いぬ)』という作品で描き、愛着が深まっていた人物です。「人手に渡したくないなあ」という思いがこみ上げました。勝は、祖父の代からの武士で、成り上がりです。しかし、うまく立ち回れるところであえて喧嘩して割を食うところもありました。江戸開城では、「言うとおりにならなければ江戸を火の海にする」といったやくざまがいの手も使った。生粋の江戸っ子以上に気風が良い人物です。
そんな勝にやたらと因縁をつけたのが福沢諭吉です。『瘠我慢(やせがまん)の説』では、江戸幕府滅亡後に明治政府から爵位をもらったことを、「二君に仕えた」と非難しました。しかし、それは言いがかり。実際には、政府の重鎮になってもおかしくないのに身を引き、徳川家の世話をしていたのですから。
『福翁自伝』では、勝が咸臨丸で船酔いして使いものにならなかったとこき下ろしています。しかし、幕府海軍で訓練を積んだ勝がそうなら、お情けで乗船した素人の福沢が酔わなかったわけがない。事実、同乗した米国人ブルックは、ジョン万次郎以外みな船酔いしたと言っている。ところが福沢は自分のことを棚に上げ、勝を非難するのです。
福沢は、もともと武士である自分を差し置いて成り上がった勝のことをやっかんだのでしょう。ところが、世間的には勝より福沢の言説が通っている。何しろ1万円札になった人ですから。だからこそ、勝を弁護したいと思いました。「福沢さんだって船酔いしたでしょう? 人のことばかり言うもんじゃありません」と。
そんな経緯で引き受けましたが、いざとなると困りました。わずか24ページで人物を描くのは無茶な注文です。途方にくれながら、これは作家としての力量を試す「宿題」だなと感じました。最近のマンガは必要以上に長くなりがちです。そうした傾向に反して、「さあ、あなたにできるかい?」と試されているのだと。
悩んだ末に見えてきたのが、勝の「人間」を描くことでした。
(取材・構成/十枝慶二、河西久実)
※週刊朝日 2015年3月20日号より抜粋