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ハリル監督「まず勝利」 ウズベク戦へ公式練習

サッカー日本代表は31日午後7時25分から、東京・味の素スタジアムでの国際親善試合でウズベキスタン代表と対戦する。ハリルホジッチ監督は30日、記者会見し「内容に満足するのではなく、まず勝利。勝つ、勝つという道を進みたい」と話し、初陣のチュニジア戦に続く勝利を誓った。
試合会場での公式練習では、本田(ACミラン)や柴崎(鹿島)、大迫(ケルン)らがピッチの半分を使った実戦形式のメニューやシュート練習に取り組んだ。
国際サッカー連盟(FIFA)ランキング53位の日本は72位のウズベキスタンに対し、5勝3分け1敗と勝ち越している。両国の対戦は2012年2月以来。
日本は6月からワールドカップ(W杯)ロシア大会アジア2次予選に臨む。〔共同〕
羽生「次につながる悔しさ」 世界フィギュアから帰国

フィギュアスケートの世界選手権で銀メダルを獲得した男子の羽生結弦(ANA)と女子の宮原知子(大阪・関大高)が30日、上海から羽田空港に帰国した。日本選手初の2連覇を逃した羽生は「負けを経験して得たものもある。次につながる悔しさになるという実感。もっと強くなるためにこの試合を終えられた」と前向きな気持ちを口にした。
今季は中国杯での衝突事故や腹部手術、右足首捻挫と不運が重なった。昨年末に初めて手術を受けたことで「焦りを感じていた。どれだけ影響あるか分からず、リンクに乗ってみないと分からない怖さもあった」と打ち明けた。4月16日開幕の世界国別対抗戦(東京・国立代々木競技場)の出場については明言を避けつつ「今、悔しい思いでモチベーションはある」と意欲もにじませた。
17歳の宮原は「自分でも表彰台は難しいと思っていたので、びっくり」と笑顔を見せた。浅田真央に並ぶ初出場での2位という好成績に「浅田選手のような、すごい選手になるために頑張らなければという思いと、うれしい気持ちの両方」と照れくさそうに話した。〔共同〕
白鵬関ら相撲協会30人、阪神大震災20年で献花

大相撲春巡業中の白鵬関(30)、日馬富士関(30)の両横綱ら日本相撲協会の一行約30人が30日、神戸市中央区の公園「東遊園地」で阪神大震災20年の献花式に臨んだ。公園内に設置されているガス灯「1.17希望の灯(あか)り」に両横綱が代表して献花し、全員で黙とうをささげた。
白鵬関は所属する宮城野部屋の先輩力士が震災後に炊き出しを行ったことを聞き、感慨深げにうなずいた。犠牲者の名前が刻まれた「慰霊と復興のモニュメント」も見学し「東日本大震災が起きたときは、ちょうど私の26歳の誕生日だった。いろんな思いを持ちました」と話した。
角界屈指の美声力士の幕内勢関(28)は相撲甚句を披露。試練に屈せず、復興した被災地の強さを歌い上げた。
訪問は相撲協会の提案で実現した。元大関琴風の尾車巡業部長(57)は「(震災を)忘れてはいけない。何ができるか考えていきたい。少しでも心の安らぎになっていただけるなら大変ありがたい」と熱く語った。
30日は兵庫県南あわじ市で巡業も実施された。同市出身で阪神大震災の起きた1995年1月17日生まれの幕下照強さん(20)は「自分は頑張るしかない。みんなに元気になってもらいたい」と故郷への恩返しを約束した。〔共同〕
とんがり屋根の数寄屋橋交番、建て替え 銀座守り33年

れんがタイルの壁にとんがり屋根。東京・数寄屋橋かいわいのにぎわいと時代を、長く見守ってきた数寄屋橋交番の建て替え計画が決まった。耐震補強や女性用の部屋がないことなどが主な理由だ。
【写真】桜とともに街の名物となっている数寄屋橋交番
同交番は1982年に完成。2階建てで延べ約53平方メートルと小ぶり。当時、東京都が進めていた「文化のデザイン」事業の一つで、交番では最も早い例だった。
設計は、東京工業大教授も務めた建築家の山下和正さん(78)。銀座の街を意識し、鉄骨の構造にれんがパネルを貼り、とんがり屋根を載せた。「都市のシンボルとして分かりやすく、定着するものを考えた」。模型段階の屋根に目印につけていた待ち針を当時の警視総監が気に入ったため、そのまま待ち針風の彫刻になった、というエピソードでも知られている。
フィリピン沖で発見 戦艦「武蔵」はだれのもの?

[写真]戦艦「武蔵」
3月2日にマイクロソフト共同創業者で資産家のポール・アレン氏がフィリピン・シブヤン海の海底約1000mで戦艦「武蔵」を発見したというニュースは大きく報じられました。史上最大の戦艦「大和」型2番艦の「武蔵」は米空母艦載機の攻撃を受けて撃沈され、潮流の速いシブヤン海では正確な沈没地点がこれまで分からず「『武蔵』は沈んだが浮力が釣り合って海中を今も漂い続けているのだ」という伝説が生まれていたほどでした。
これまで1番艦「大和」はアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の影響で広く知られている一方で、2番艦「武蔵」の知名度は低いものでしたが、今はちょうど日本では軍艦を擬人化したブラウザゲーム「艦これ」が流行中で、戦艦「武蔵」のことを知っている人が大勢いたのです。そんな最中に「武蔵」発見の一報は熱烈な歓迎をもって迎えられました。
しかし発見したとはいっても「武蔵」の船体は引き裂かれている上に、深さ1000mの海底では大規模な引き揚げは物理的に不可能です。引き揚げができるとしても一部の部品や、発見できれば乗組員の遺骨を回収するという作業になります。遺族の中には沈没船を墓標と捉えて一部であっても引き揚げに反対する声もあり、意向を尊重しつつ一部引き揚げが実施できたとしても、今度は「武蔵」の所有権という問題が出てきます。
基本的には沈んだ軍艦は所属していた国の所有物になるのですが、日本は太平洋戦争の敗戦後に進出した現地から撤収する際に資産を全て放棄しているので、沈没船もこれに該当するという捉え方があります。また戦争で生じた多数の軍艦と輸送船の沈没船は航路を塞ぎ、講和条約で撤去する費用と人員を日本が提供することを求められました。戦後賠償として各国と協定が結ばれ、沈没船は日本の責任として引き揚げられ解体し、得た屑鉄を売った代金は賠償金として納められました。
この引き揚げ作業は完了済みで戦後賠償も払い終えているので今この協定を持ち出しても効力はありませんが、しかしこういった経緯がある以上、戦艦「武蔵」は日本の所有物だとフィリピン政府に強く言うことはできないのです。フィリピンは太平洋戦争最大の激戦地で、最も多数の艦船が沈んだ場所なのです。
また武蔵の沈没地点は公表されていないのですがフィリピン領海である可能性が高く、所有権はともかくとして管理権はフィリピン政府にあります。武蔵の備品を引き揚げた際の取り扱いは発見者のアレン氏とフィリピン政府、日本政府が協議することになるでしょう。揉めた場合は裁判になりますが、日本とフィリピンの関係は良好で資産家のアレン氏は強く所有権を主張しないと表明済みなので、三者が納得のいく結論が出ると期待します。
(JSF/軍事ブロガー)
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