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「アンチセンスRNA」はタンパク質合成の阻害だけでなく促進もする

「アンチセンスRNA」はタンパク質合成の阻害だけでなく促進もする  

 理化学研究所(理研)は10月25日、これまで生体内におけるタンパク質合成を阻害すると考えられていた「アンチセンスRNA」の中に、タンパク質合成を促進する機能も持つものがあることを発見したと発表した。

 成果は、理研 オミックス基盤研究領域 LSA要素技術開発グループ ゲノム機能研究チームのピエロ・カルニンチ チームリーダーらと、イタリアのInternational School of Advanced Studies(SISSA)との国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間10月15日付けで英科学雑誌「Nature」オンライン版に掲載された。

 ほ乳類のゲノムのほとんどの領域はRNAに転写されて、タンパク質をコードするメッセンジャーRNA(mRNA)や、タンパク質をコードしないノンコーディングRNA(ncRNA)、「短鎖酸在反復配列(SINE)」のようにジャンクと呼ばれる同じ配列が反復しているだけのものなどが生成されている。

 そうした中で、mRNAのようにある機能を持つRNAのことを「センスRNA」といい、そのセンスRNAと相補的な塩基配列を持つ短いRNAで、センスRNAと2本鎖を形成することでそのセンスRNAが担うべきタンパク質の合成を阻害すると考えられるもののことをアンチセンスRNAという。

 またncRNAの多くは核内にとどまることが知られているが、そのすべての機能は解明されていない。ncRNAの内塩基配列が100~200bp(塩基対)以上の「アンチセンスlncRNA」と呼ばれるものは、これと相補的な配列を持つmRNAと結合して、その翻訳を阻害することがよく知られている。一方、近年の研究では、ゲノムの転写や、mRNAの安定性を制御する可能性などが報告されているところだ。

 研究グループは今回、アンチセンスRNAのさらなる機能を明らかにするため、脳機能や神経変性疾患に関与して脳内で「センスRNA-アンチセンスRNA」のペアが発現している遺伝子「Uchl1」に着目し、その転写翻訳機構を調べた。

 マウスの細胞からUchl1のアンチセンスlncRNA(アンチセンスUchl1)の配列を解析したところ、Uchl1のセンスRNA(センスUchl1)と相補しない領域に2つの「SINE(SINEB2、Alu)」が見つかったのである。このアンチセンスRNAのSINBE2は、国際研究コンソーシアム「FANTOM」で見出されたncRNAの1つだ。

 また、アンチセンスUchl1の5’末端に、センスUchl1の5’末端と結合する配列を有しており(画像1)、このアンチセンスUchl1のゲノムにおける配列がほ乳類の遺伝子に共通に存在するものということもわかった。

 画像1はセンスUchl1とアンチセンスUchl1のゲノム上の配列構造。センスUchl1の黒い四角はエクソン(RNAに転写される部分)、白い四角は非翻訳領域を表す。アンチセンスUchl1の灰色の四角はエクソン。Alu、SINEB2は、反復配列領域。、リボソームとの親和性が高く、かつ特殊な配列を持つSINEB2と、5’末端が重要であることがわかった。

 画像1。センスUchl1とアンチセンスUchl1のゲノム上の配列構造

 センスUchl1の発現が見られるマウスの細胞で、アンチセンスUchl1を発現させたところ、センスUchl1量に変化はなかったものの、UCHl1タンパク質の合成量が増加。そして本来Uchl1を発現しないヒトの細胞でも、強制的にセンスUchl1とアンチセンスUchl1を導入すると、UCHl1タンパク質の合成量が増加したのである(画像2)。

 また、タンパク質の合成量増加にはSINEB2が必要で、特に、アンチセンスUchl1内に存在する位置が重要であることがわかった。

 マウス由来細胞株(MN9D)とヒト由来細胞株(HEK)でのUCHL1タンパク質発現。画像2(左):マウス由来細胞(MN9D)にアンチセンスUchl1を導入し、UCHL1タンパク質が発現した。βactinは比較対象。画像3:ヒト由来細胞株(HEK)にセンスUchl1およびアンチセンスUchl1を導入し、UCHL1タンパク質が発現した

 「FANTOM3」で同定されたアンチセンスRNAを使って、別の遺伝子「Uxt」でもSINEB2のタンパク質合成促進機能が確認され、その普遍性が示唆されたのである。

 次にアンチセンスUchl1のタンパク質合成を促進する経路を調べるために、一般的なmRNAの翻訳開始機構である「CAP構造」を抑制し、通常の翻訳機能を阻害した。

 その結果、アンチセンスUchl1のSINEB2が、通常の翻訳とは異なる機能でmRNAのリボソームへの移行し、タンパク質合成を促進することが判明。また、タンパク質の生合成を制御する酵素「mTORC1」の阻害を阻害すると、通常は核に多く存在するアンチセンスUchl1を細胞質へ移行させることもわかった。

 このようなアンチセンスUchl1に見られる機能は、ストレスなどの外的要因により通常の翻訳開始機構を担う使う遺伝子発現が阻止された時に、必要なタンパク質を合成して生き残るための保存的機能である可能性がある。

 以上から、mRNAのタンパク質翻訳を促進するには、「タンパク質の合成促進機能を持つSINEB2」と「目的のmRNAに特異的に結合する領域」の2つが必要とわかった。

 今回、mRNAの翻訳を制御するというncRNAに新たな機能を初めて見出した。タンパク質翻訳に関わる2つの領域を持つ配列をデザインすることで、目的とするタンパク質をコードするmRNAから効率的にタンパク質を合成することが可能だ。よって、今後、基礎研究用だけでなく医療などの実用的なタンパク質合成技術となる可能性が考えられるという。また、ncRNAの新たな実用性のある機能分野を示したことで、未知なるncRNAの機能の可能性も期待できるとした。

 なお、カルニンチチームリーダーらは、今回の成果をもとに社会貢献するためのベンチャー会社「トランスサイン テクノロジーズ(TransSINE Technologies)」を設立。

 さまざまなニーズに応じた目的のタンパク質合成を促進するアンチセンスRNAを開発し、基礎研究から医療まで幅広い分野での貢献を目指すとしている。理研は、同社を理研ベンチャーに認定しており、今回の技術の迅速な実用化と普及を支援するとした。

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