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京大、がんを引き起こすプロセスの鍵となる膜タンパク質の構造を解明

京大、がんを引き起こすプロセスの鍵となる膜タンパク質の構造を解明 

 京都大学(京大)は12月2日、がんを引き起こすプロセスの鍵となる膜タンパク質「Rce1(アールシーイーワン)」の立体構造を、抗体を用いた独自技術により解明することに成功したと発表した。

 同成果は、岩田想 医学研究科教授、小笠原諭 同研究員(現 東北大学医学系研究科 助教)、デビッド・バーフォード 英国がん研究所教授らによるもの。詳細は2013年12月1日付(英国時間)に英国科学誌「Nature」オンライン速報版で公開された。

 細胞制御に関わる重要な分子であるRasタンパク質は、細胞の成長や増殖に関与する重要な分子として知られ、さまざまな化学修飾により活性化され、細胞表面上の受容体にシグナルを伝達する役割を担っている。しかし、Rasタンパク質の突然変異によるシグナル伝達の異常活性化は、すい臓がん、子宮頸がん、肺がん、甲状腺がん、膀胱がん、乳がん、皮膚がん、白血病などのがんで共通して起こっていることが分かっており、近年の研究から、がんの約15%の原因は、Rasタンパク質の異常に関係があると言われるようになっている。

 また、Rasタンパク質の化学修飾を行う酵素群の1つで、Rasタンパク質のペプチドを切断する、小胞体膜内在型のタンパク質分解酵素で、古細菌からヒトまで広く保存される7回膜貫通型の「Rce1」が、突然変異型のRasのシグナル伝達異常活性化を引き起こすことも知られており、これらの一連の酵素群の立体構造や反応機構を解明することは、がんを抑制する薬剤の創出に向けて重要な知見になると考えられてきた。中でも、Rce1は、ほかの酵素と相同性が低い新しい酵素であり、構造解析による反応機構の解明が望まれていることもあり、今回、研究グループは、ヒトRce1と相同性の高い古細菌由来Rce1の立体構造解析に挑んだとする。

 Rce1によるRasタンパク質の異常活性化。ファルネシル化(黄の波線:タンパク質が脂質で修飾されたもの)されたRasタンパク質のカルボキシル末端(CAAX)が、Rce1によって切断されると細胞膜に移行する。変異型のRasタンパク質は、細胞内のシグナル伝達を異常活性化するため、異常な細胞増殖などを誘発し、がんの発症につながると考えられている

 具体的には、抗体フラグメント(断片)を用いた独自技術を使って膜タンパク質の結晶化を促進する技術(抗体フラグメント作製法)を適用することで、Rce1タンパク質の立体構造を認識する抗体の作製を行った。

 抗体フラグメントを用いた膜タンパク質の結晶化の原理。良質な結晶を得るためには、タンパク質が規則正しく並んでいることが重要。抗体フラグメント(緑色の台形)が膜タンパク質に結合することで、膜タンパク質の接着剤のような役割を担う。その結果、膜タンパク質が規則正しく並ぶことができ、膜タンパク質の良質の結晶化が促進される

 一般的には、免疫からモノクローナル抗体を産生する細胞の樹立まで約半年の期間を必要とするが、同法をさらに効率化・迅速化することで、3カ月間で行うことに成功したという。これにより、微量の膜タンパク質と抗体の複合体を蛍光によって検出することで、膜タンパク質の立体構造を認識し結晶化を促進する抗体を迅速に選択することが可能となった。

 結晶化に適した抗体の作製方法。抗体フラグメントが膜タンパク質との複合体を形成し結晶化を促進するためには、膜タンパク質の立体構造を認識することが重要。そのために、精製した膜タンパク質の立体構造を保持したままの状態で抗体を作製する方法を開発した。具体的には、まず精製した膜タンパク質の立体構造を維持するためのプロテオリポソーム(人工脂質膜)を作製する(1)。作製したプロテオリポソームをマウスに免疫し、スクリーニングを行い(2)、膜タンパク質の立体構造を認識した抗体を作製(3)。これまではこの後に抗体を精製していたが、今回は精製せずに、Rce1と抗体および蛍光標識された抗体の混合液(サンプル1)と、Rce1が含まれていない抗体だけの混合液(サンプル2)を、蛍光検出によって比較する方法を見いだし、作製した抗体の中からRce1と結合する抗体(赤の矢印)のみを選別(4)。その結果、Rce1の立体構造を認識して結合している抗体を作製、選定する時間を短縮できたという

 さらに、この作製した抗体フラグメントを用いて、バーフォード研究室にてRce1と抗体フラグメントを一緒に結晶化する条件の最適化を行い、最終的に高精度で立体構造の解析を行うことに成功したという。

 Rce1の立体構造。Rce1(MmRce1、紫リボン)と抗体フラグメント(Fab、緑と黄緑のリボン)が結合している

 この詳細情報から、Rce1の活性中心部位の形は、他のタンパク質分解酵素と似ていることが明らかになったほか、コンピュータシミュレーションを用いて、Rce1の基質であるRasタンパク質をドッキングしたところ、この抗体フラグメントは、Rce1がRasタンパク質などの基質と結合する「くぼみ」付近に結合していても、基質との結合を邪魔することなく、Rce1を開いた状態(活性型)に固定化する機能を持った抗体であることが判明。この結果、Rce1は酵素反応の活性中心部位である「くぼみ」が開くことで、Rasタンパク質のペプチドを認識し、適切な位置で切断することが示唆されたと研究グループでは説明している。

 Rce1の活性部位。(a)Rce1の活性部位は、細胞内側で「くぼみ」を形成している。この「くぼみ」に、ファルネシル化されたRasタンパク質(黄緑色)が結合し、Rasタンパク質のカルボキシル末端が切断される。(b)Rce1の活性部位の「くぼみ」に、ファルネシル化されたRasタンパク質(緑色、ペプチド)が結合している。抗体フラグメントは、Rce1の活性部位を固定しつつ、活性を維持できる機能を持っていることが明らかになった

 なお、研究グループでは、今回の成果から、Rce1の構造情報が分かったことから、Rce1の酵素活性を阻害する、あるいは調節できる薬剤の探索・設計が可能になるとの考えを示しているほか、今回の抗体フラグメントそのものの構造情報、および抗体の遺伝子を活用することで、Rce1の活性に何らかの影響を与える抗体ベースの薬剤の設計・作製が可能になるとしている。

 また、今回の研究で開発された膜タンパク質の立体構造を認識する抗体フラグメント作製技術を活用することで、これまで立体構造解析が難しかった多くの膜タンパク質の結晶化および構造解析をより迅速に導いていくことが可能になるほか、膜タンパク質の機能解析にも役立つことが期待されるとコメントしている。

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