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東大、炎症性腸疾患を悪化させる免疫細胞の新たな活性化メカニズムを発見

東大、炎症性腸疾患を悪化させる免疫細胞の新たな活性化メカニズムを発見 

 東京大学(東大)は9月5日、免疫異常により慢性の腸炎を起こす「炎症性腸疾患」を悪化させる分子機構の1つを明らかにしたと発表した。

 同成果は同大医科学研究所の倉島洋介 日本学術振興会特別研究員、國澤純 准教授、清野宏 教授らの研究グループによるもので、東大医科学研究所の伊庭英夫 教授、大阪大学の飯島英樹 講師、東京理科大学 理研免疫・アレルギー科学総合研究センターの久保允人 教授らの協力を得て行われ、英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版にて公開された。

 腸は、食べ物や腸内細菌といった生体にとって有益なものを含め、さまざまな抗原に常時さらされているため、腸に存在する免疫細胞は、それらの有益な異物に対して過度な反応や活性化することがないように恒常性が維持されている。しかし、一度恒常性の維持機構が破綻すると、炎症性腸疾患などの免疫疾患が引き起こされると考えられている。

 肥満細胞は、活性化によりアレルギー反応を引き起こす一方、敗血症や皮膚炎などの炎症疾患では、炎症を抑制することや、感染症から身を守る働きを持っていることも報告されているが、炎症性腸疾患にどのように関与しているのかはよく分かっていなかった。1970年代に、炎症性腸疾患の患者の腸では肥満細胞の活性化を示す形態変化が見られることが、組織切片の観察から報告されており、同研究グループでも、粘膜免疫学を背景とする自らのグループの理論的・技術的基盤を活用して、マウス腸管から肥満細胞の単離精製を行い、腸管肥満細胞を標的とした腸疾患に対する新規予防・治療法の開発を目指して研究を進めてきていた。

 今回の研究では、炎症性腸疾患における肥満細胞の役割を解析することを目的に、肥満細胞欠損マウスを用いて炎症性腸疾患の発症の解析を行った。この結果、肥満細胞欠損マウスでは、炎症性腸疾患の炎症が軽減されることが示され、肥満細胞は、炎症性腸疾患の発症と慢性化においては、いわゆる「悪玉」として働くことが判明した。

 図1 肥満細胞欠損マウスでは炎症性腸疾患が軽減する。(a)が野生型、および肥満細胞(c-kit陽性、FcεRIα陽性)欠損マウスの腸管の肥満細胞。赤丸内部が肥満細胞。(b)がマウスにデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)の投与をし、炎症性腸疾患を誘導した際の体重の変動率。肥満細胞を欠損させたマウスでは、体重減少が抑制された。(c)が誘導10日後の大腸組織像

 肥満細胞は、感染防御や敗血症や皮膚炎の抑制にも働くという「善玉」としての役割も知られていることから、炎症性腸疾患の抑制の場合には、腸管に存在する「悪玉」肥満細胞のみを標的とした新規予防・治療を目指す必要があることから、今回の研究では腸管粘膜から肥満細胞を精製単離する手法、ならびに腸管に存在する肥満細胞だけを認識する抗体の樹立にも成功している。樹立した抗体の中でも「1F11抗体」が、皮膚に存在する肥満細胞は認識せずに、腸管の肥満細胞には強く反応する抗体であることが判明したことから、同抗体を腸炎誘導マウスに投与したところ、肥満細胞の活性化が減弱し、炎症反応も低下することが示されたという。

 図2 腸管肥満細胞に対する抗体(1F11抗体)の作製と炎症性腸疾患に対する効果。(a)が腸管肥満細胞(c-kit陽性、IgE抗体陽性)を単離精製し免疫源として用いることで、抗肥満細胞抗体の樹立を行った様子。(b)が皮膚と腸管の肥満細胞および他の腸管の細胞を1F11抗体(抗P2X7受容体抗体)で染色したもの。灰色はアイソタイプコントロール抗体での染色を示す。これにより1F11抗体は、腸の肥満細胞を認識するものの、皮膚の肥満細胞など他の細胞への反応性は低いことが分かった。(c)が炎症性腸疾患をマウスに誘導する際に1F11抗体を投与することで、炎症の軽減が観察された様子

 この結果を受けて、さらに同抗体が肥満細胞のどの分子を認識しているのかの探索を行った結果、肥満細胞の表面に発現している「P2X7たんぱく質(受容体)」であることが判明。同受容体は、腸内細菌や傷害を受けた組織から遊離、放出される細胞外のアデノシン三リン酸(ATP)を認識することから、細胞外ATPを肥満細胞に作用させたところ、好中球の動員を促すケモカインや炎症性サイトカイン、脂質メディエーターといった物質が放出されることが示されたほか、同受容体がない肥満細胞を持ったマウスでは、炎症性腸疾患の発症が抑制されることも明らかとなった。

 図3 P2X7受容体を持つ肥満細胞は腸炎を悪化させる。(a)野生型肥満細胞(P2X7+/+)とP2X7受容体欠損肥満細胞(P2X7-/-)を、肥満細胞欠損マウスに移入した後に、腸炎の誘導を試みた結果。腸炎の誘導後の大腸内の肥満細胞の活性化の割合から、P2X7受容体を持たない肥満細胞は、活性化がコントロール群と同様のレベルであることが分かった。(b)腸炎誘導4日後のマウス大腸の組織像。野生型肥満細胞移入群(P2X7+/+)(左)では顕著な細胞の浸潤が観察されるのに対して、P2X7受容体欠損肥満細胞移入群(P2X7-/-)(右)では観察されなかった

 従来、炎症時に細胞外に放出されるATPは、腸内細菌や傷害を受けた組織の細胞に由来すると報告されていたが、このATPは細胞外では速やかに加水分解されると考えられていた。しかし今回の解析の結果、肥満細胞はATPを産生する酵素を介して細胞外ATPを増幅する新たな機構を持っていることが判明したほか、炎症性腸疾患の1つであるクローン病の患者の腸内には、P2X7受容体を持つ肥満細胞の顕著な集積が観察されたという。このことから、炎症性腸疾患においては、炎症の誘因物質である細胞外ATPの増幅と、それを認識するP2X7受容体を持つ腸の肥満細胞が、炎症の悪化を引き起こしていることが明らかとなった。

  図4 P2X7受容体による腸管肥満細胞活性化。(1)腸内細菌や傷害を受けた組織(細胞)、活性化した炎症細胞から細胞外にATPが放出される。(2)細胞外ATPは、腸管肥満細胞に高いレベルで発現しているP2X7受容体に作用する。(3)細胞外ATPは、CD39などの細胞表面に発現する加水分解酵素により分解される。肥満細胞は、アデニル酸キナーゼの働きによって、細胞外ATPの増幅を行い、ATP-P2X7受容体依存的な活性化を促進させる。(4)肥満細胞をATPで刺激をするとP2X7受容体を介して、IL-6、TNFα、IL-1βなどの炎症性サイトカインやロイコトリエンといった脂質メディエーター、他の炎症性細胞の動員に関与するケモカインや脱顆粒に伴うヒスタミンなどが包括的に産生される。(5)これらの炎症性メディエーターによって、炎症の悪化が引き起こされると考えられる。(6)P2X7受容体依存的な腸管肥満細胞の活性化の抑制が炎症性腸疾患の新たな治療戦略となりえる

 今回のさまざまな成果を受けて研究グループでは、細胞外ATPによる肥満細胞の活性化を抑えることが、炎症性腸疾患の新たな治療標的となることが期待されるとする。またマウスにおいて、P2X7受容体は腸管に存在する肥満細胞に発現するのに対し、皮膚の肥満細胞では発現していないことも分かったほか、炎症性腸疾患の患者の腸管の肥満細胞ではP2X7受容体の発現レベルが増加していることが証明されたことから、研究グループでは次なる課題として、P2X7受容体の発現制御の解明を掲げている。

  図5 炎症性腸疾患患者の腸管にはP2X7受容体を持つ肥満細胞が集積している。(a)は健常人とクローン病患者の大腸組織中の肥満細胞(赤)とP2X7受容体(緑)。(b)は腸管肥満細胞数(顕微鏡視野内)。(c)は健常人とクローン病患者の大腸組織中のP2X7受容体を持つ肥満細胞の割合

 なおP2X7受容体と肥満細胞は、臓器移植の際の拒絶反応や、関節炎、ぜんそくといったさまざまな疾患に関係すると考えられているため、研究グループではP2X7受容体の発現調節機構を解明することが、これらの疾患に対する新たな病態の解明や予防、治療法の確立につながることが期待されるとコメントしている。

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