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東工大ら、動物がフェロモン分子を感知する神経細胞の生成メカニズムを解明

東工大ら、動物がフェロモン分子を感知する神経細胞の生成メカニズムを解明 

 東京工業大学(東工大)バイオ研究基盤支援総合センターの廣田順二准教授らの研究グループは、動物の体内から排出、分泌され、同種の他個体に特定の作用をする物質であるフェロモン分子を感知する神経細胞の生成メカニズムを解明した。

 同研究は、東工大 生命理工学研究科生物プロセス専攻博士課程の榎本孝幸氏、修士課程の岩田哲郎氏、鵜野絢子氏、斎藤真人氏、山口達也氏、バイオ研究基盤支援総合センターの廣田順二准教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の松本一朗特任准教授(現モネル化学感覚研究員)、應本真特任助教、新潟大学医歯学総合研究科の木南凌教授により行われたもので、その成果は米国神経科学会誌「Journal of Neuroscience」に掲載された。

 鋤鼻器に存在する感覚神経細胞である鋤鼻神経系はフェロモン分子を感知し、性行動・縄張り行動・子育て行動などの動物の本能的な行動を誘導する感覚神経系である。ヒトでは鋤鼻神経系は退化してその痕跡が残っているだけだが、ほとんどの哺乳動物は鋤鼻神経系を有し、個体の生命維持活動において非常に重要な役割を果たしている。

 マウスの鋤鼻神経細胞は、2種類のフェロモン受容体遺伝子ファミリ「V1r」と「V2r」のいずれかを発現しており、それらがコードするタンパク質によってフェロモン分子を受容し、そのシグナルを脳に伝達する。フェロモンシグナルの伝達過程においてV1rとV2rがシグナルを受け渡す分子であるGタンパク質は異なり、V1rは「Gαi2」と、V2rは「Gαo」を共役している。つまり鋤鼻神経細胞は、「V1r-Gαi2型」と「V2r-Gαo型」の2タイプに分類され、それぞれ「V1r-Gαi2型」神経細胞は揮発性フェロモンを感知し、「V2r-Gαo型」神経細胞はペプチドなどの不揮発性フェロモンを感知すると考えられている。

 これまでの研究から、これら2種類の鋤鼻神経細胞は匂い分子を感知する嗅神経細胞とフェロモン分子を感知する鋤鼻神経細胞のマスター遺伝子と考えられている共通の「Mash1遺伝子」を含む神経前駆細胞から産生されることが知られていたが、どのような分子メカニズムで神経細胞が分化し、最終的に2タイプの神経細胞がつくられているのかは不明であった。研究グループでは、外来分子を認識する系として、鋤鼻神経系と免疫系に認められる類似性に着目し、共通して発現する転写因子を網羅的に同定し、その中でもBcl11bに着目して鋤鼻神経系における機能を解析した。

 今回の研究では、Bcl11b遺伝子ノックアウトマウスを用いた解析によって、Bcl11bが鋤鼻神経系の正常な形成に必須な因子であることを明らかとした。

  図1 Bcl11bは鋤鼻神経細胞の成熟分化と脳への軸索投射に必須因子。Bcl11b遺伝子ノックアウトマウス(Bcl11b-/-)の鋤鼻神経細胞では、産生される神経細胞の数(SCG10陽性細胞)に異常は認められない。しかし、未成熟神経細胞(GAP43陽性)が減少し、成熟神経細胞(OMP陽性)は顕著に減少した。またトレーサとして蛍光物質DiIを用いた軸索の可視化実験によって鋤鼻神経細胞軸索の脳への投射異常が認められた

 またMash1遺伝子ノックアウトマウスで認められるような神経細胞が作られないという異常ではなく、神経細胞が生み出された後の異常であることが示された。その異常の1つが2種類の鋤鼻神経細胞の比率の変化で、Bcl11b遺伝子ノックアウトマウスでは、産生される神経細胞の総数に変化はないが、V1r-Gαi2型神経細胞が増加し、逆にV2r-Gαo型神経細胞が減少していたことが確認された。

 図2 鋤鼻神経細胞の運命決定のモデル。V1r-Gαi2型とV2r-Gαo型の2タイプの鋤鼻神経細胞は、共通のMash1を発現する神経前駆細胞から作られる。Bcl11bはMash1の下流で機能する。神経細胞の最終分化過程において、GαoはGαi2よりも早く発現する。また未成熟な神経細胞のうち、Gαi2を発現する細胞はGαoを共発現するが、Gαoを発現する細胞は必ずしもGαi2を共発現しない。よってGαi2発現細胞の集合は、Gαo発現細胞の集合に含まれる。つまり最終分化によって作られた神経細胞はまずGαo を発現し、その一部からGαi2発現細胞が出現し、2つのタイプの鋤鼻神経細胞が生成されると考えられ、この運命選択をBcl11bが制御している

 このことから、神経細胞が作り出された後に2通りの運命のどちらかを選択するかが決まり、その運命決定をBcl11bが制御することが明らかとなった。また、胎生期において生まれたばかりの神経細胞では、すべてのGαi2発現細胞はGαoを一緒に発現していることも確認された。

 この共発現は、成体においても作られたばかりの幼弱な神経細胞でみられた。これまで2種類の神経細胞は互いに独立に分化していると考えられてきたが、今回の結果はそれとは逆で、鋤鼻神経細胞はまず共通のGαo発現細胞として作られ、そこからV1r-Gαi2型神経細胞とV2r-Gαo型神経細胞が作られていることが示唆された。

 Bcl11bは免疫系T細胞の運命決定においても重要な役割を果たしていることが報告されており、鋤鼻神経系と免疫系の2つの系においてBcl11bは何らかの共通する機能・現象を制御するものと考えられるとの見方を研究グループは示しており、今後、転写因子としてのBcl11bの詳細な分子作用機序に迫る研究が期待されるとする。また今回の研究によるBcl11b遺伝子の発現解析とノックアウトマウスの解析により、鋤鼻神経細胞の運命の決定が神経細胞へ最終分化段階以降に制御されていることが示されたことは、最終分化後のニューロンのタイプを変えられる可能性を示唆するものであり、Bcl11b遺伝子の下流因子の探索と機能解析を含めた今後の研究が期待されるという。

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上原健二
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