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産総研、ウイルスの合成酵素がRNA末端にアデノシンを付加する仕組みを解明
産業技術総合研究所(産総研)は8月10日、ウイルスの「RNA合成酵素」がゲノムRNAの複製に必須な、RNA合成終結時にRNA末端へ「アデノシン」を付加するメカニズムを明らかにしたと発表した。
成果は、産総研 バイオメディカル研究部門 RNAプロセシング研究グループの富田耕造研究グループ長らの研究グループによるもの。また、今回のX線回折データは、高エネルギー加速器研究機構の「フォトンファクトリー」のビームライン「BL-17A」を利用して取得された。そして研究の詳細な内容は、米国東部時間8月9日付けで学術誌「Structure」オンライン版に掲載された。
RNAウイルスは、感染した宿主細胞内でウイルス自身のRNA複製酵素(RNA合成酵素)によってウイルスゲノムRNAを複製する。ウイルスのRNA合成酵素は、まず、ウイルスRNAを鋳型として、それに相補的な配列を持ったRNAを合成し、次に、合成されたRNAを鋳型として、それに相補的なRNAを合成するというものだ。
幾つかのRNAウイルスでは、RNAを鋳型依存的に合成した後、余分なRNA配列をRNAの「3’末端」に鋳型RNAに依存せずに付加する。ゲノムRNAの末端に鋳型非依存的に付加された配列は、ウイルスゲノムRNAの複製の開始や、感染宿主内のRNA分解酵素によるウイルスゲノムRNAの分解を防ぐために必要であることは知られていた。
しかし、ウイルスのRNA合成酵素のゲノムRNA合成終結時(画像1)において、鋳型非依存的にRNAの末端へRNA配列を付加する分子メカニズムは30年以上明らかにされてこなかった。そのため、RNA合成終結時のウイルスRNAの3’末端への余分な配列を付加する分子メカニズムの解明は、ウイルスRNAの増幅サイクルを抑制する新たな医薬品の開発の基盤となりえると考えられるという。
これまで産総研では、RNAを合成する酵素群の機能、構造、制御に関する研究を行ってきており、鋳型を用いないでRNAを合成する鋳型非依存性RNA合成酵素群やウイルス由来の鋳型を用いてRNAを合成する鋳型依存的RNA合成酵素群の反応機構、反応制御機構に関する基礎研究を行ってきた。
「Qβウイルス」は1本鎖RNAのゲノムを持つが、そのゲノムRNAの複製は「Qβレプリケース」という鋳型依存的なRNA合成酵素複合体によって行われる。Qβレプリケースは今から50年以上前に分離され、その酵素複合体が安定かつ高度に精製できること、また試験管内でウイルスのゲノムRNA複製反応を正確に構築できることが知られているRNA合成酵素複合体だ。
従って、Qβレプリケースの機能と構造相関の詳細な解析は、植物、動物RNAウイルスのRNAゲノム複製の基本原理の理解、RNAウイルスの進化の理解のために有益であると期待されている。
QβレプリケースはウイルスゲノムRNAの複製増幅サイクルで、鋳型依存的なRNA合成の終結時にRNAの3’末端にアデノシンを1つ鋳型非依存的に付加することが報告済みだ(画像1)。付加されたアデノシンは、そのRNAに相補的なRNAの合成開始に必要であることが明らかにされている。
画像1。Qβレプリケースによる ウイルスゲノムRNAの複製サイクル。鋳型依存的RNA合成終結時後、鋳型非依存的にアデノシン(A)が付加される。末端のアデノシンはRNA複製開始に必要
QβレプリケースによるRNA合成の終結過程であるRNAの末端への鋳型非依存的アデノシン付加後の「Qβレプリケース-RNA」複合体と、その直前の状態である鋳型依存的RNA合成反応が終了した段階のQβレプリケース-RNA複合体の2つについてX線結晶構造解析と、得られた構造を基にした生化学的解析が行われ、以下のことが明らかになった。
1つ目が、鋳型依存的なRNA合成の最後の状態は、通常の伸長過程と同様に進行するということ(画像2・a、同d左)。
2つ目が、その後、鋳型RNAと合成されたRNAとの2本鎖が移動し、鋳型となるRNAがないため、RNA合成酵素の触媒ポケットのβ2領域が動くこと(画像2・b、同d左、同d中)。
3つ目が、新たなポケットが形成され、その形と大きさが、ATPに適したものになること(画像2・c、同d中)。
4つ目が、ATPの塩基と鋳型RNA末端の塩基(グアニン)との間の強い相互作用が、ポケットへ結合したATPが安定にポケットに収まることに寄与していること(画像2・c、同d右)。
5つ目が、アデノシンが付加された後、RNAは移動し複合体から解離することだ。
画像2。2QβレプリケースのRNA合成反応終結構造。(a)鋳型依存的RNA合成。(b)鋳型非依存的RNA合成(アデノシン付加)。(c)鋳型非依存的アデノシン付加におけるATP認識ポケット。(d)RNA合成の模式図。β2領域が動くことにより、タンパク質と鋳型RNA-合成されたRNAの2本鎖RNAで協同的に特異的なATP結合ポケットを形成する
以上のようにRNA合成の終結過程で、RNA末端への鋳型非依存的アデノシンの特異的な付加反応は、RNAとRNA合成酵素とで共同で行われている。また、ほかのRNAウイルスの鋳型依存的RNA合成酵素による鋳型非依存的なRNA配列の付加も、同様な分子メカニズムによって反応が進行すると予想されるという。
さらに研究グループは、RNA合成終結時にアデノシンを付加する分子メカニズムの解明により、適切なRNA合成終結反応を阻害する手法を検討することが可能となり、RNA合成の複製を阻害することを利用した新しい医薬品の開発へとつながることが期待されるとしている。
画像3(左)はウイルスRNA合成酵素のRNA合成終結構造。画像4(右)は、ATP認識