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産総研、熱電変換性能の高い導電性高分子薄膜を開発

産総研、熱電変換性能の高い導電性高分子薄膜を開発 

 産業技術総合研究所(産総研)は9月3日、薄膜形成プロセスを最適化し、ナノ結晶粒子を整列させることで有機導電性高分子PEDOT:PSS薄膜の導電性を向上させ、熱電変換素子の無次元性能指数(ZT)=0.27という、室温では世界最高レベルとなる高い熱電変換性能を達成したと発表した。

 導電性高分子PEDOT:PSS膜による熱電素子。紙の上など柔らかい素材の上に形成でき、折り曲げられる素子を作製できる。

 同成果は、ナノシステム研究部門 ナノ構造アクティブデバイスグループ 衛慶碩産総研特別研究員、向田雅一主任研究員、石田敬雄研究グループ長らによるもの。

 クリーンなエネルギー源として、工場や住宅などから出る排熱を有効利用することが期待されている。この有効利用の1つの方法として、熱電変換が考えられてきた。例えば、住宅の身近な排熱を電気に変え、消費電力の小さい家庭用機器の電源として活用したり、生体の体温から作られる電気を携帯用のGPS機器や腕時計の電源として活用することなどが考えられる。

 これまで、室温から150℃までの温度領域において最も高い熱電変換性能を持つ材料としては、ビスマス-テルル系の無機系材料がよく知られていた。しかし、これらの材料には毒性を持つ元素が用いられており、一般的な環境下で使用するには問題があった。また、原料が希少で高価であるため、より多くの熱を効率的に回収するための大面積化などは困難だった。さらに、人体や排水管などから効率よく熱を回収するためには、曲面に素子を十分接触させる柔軟性が必要となるが、無機系材料は硬く、こうした用途には不向きだった。

 一方、導電性高分子などの有機物がエレクトロニクス材料として用いられるようになって久しい。現在では、導電性高分子においても高い導電性を示す材料や大面積デバイスが報告されている。導電性高分子材料は、希少元素や毒性元素を含まず、大面積化が可能であり、また柔軟性を持つため、無機系材料に比べて有望視されている。

 熱電変換材料としての性能は、無次元性能指数(ZT)によって示され、熱起電力として知られるゼーベック係数と材料の導電率が大きく、熱伝導率が低いほどその数値が大きくなる。以下の表に示すように、従来は有機系材料では2002年におけるポリフェニレンビニレンのZT=0.1が最高であり、それ以外には10-2程度の数値しか報告されていなかった。しかし、2011年、有機系材料でZT=0.25を達成したとの報告があり、カーボンナノチューブとの組み合わせなども含め、現在、様々な材料で盛んに研究開発が進められている。

 主な有機系材料の熱電変換性能値の比較

 これまで産総研では有機分子の自己組織化膜に関する基礎研究や、導電性計測に関する研究に取り組んできた。その過程で、導電性高分子の中でも最も高い導電性を持つPEDOT:PSS[Poly(3,4-ethylenedioxythiophene):Poly(styrenesulfonate)]に着眼、当初は分子エレクトロニクス素子の電極材料としてPEDOT:PSSを利用していた。一方で、2011年にスウェーデンの研究グループからPEDOT:トルエンスルホン酸塩でZT=0.25を達成したとの報告があり、PEDOT系材料が熱電変換材料として注目を浴びた。しかし、この系に用いられていたトルエンスルホン酸塩は腐食性などの問題があり、実用化のためにはより使いやすく安全な材料の探索が望まれていた。加えて、この報告では膜の結晶構造が熱電変換性能に与えるメカニズムも十分評価されていなかった。

 そこで、これまで産総研が用いていたPEDOT:PSSが希少元素や毒性元素を含まず、また大面積化可能で、かつ柔軟な材料であることに着目。もし仮にこれが結晶化に伴い、高い熱電変換性能を示せば、室温に近い環境下での有望な熱電変換材料になると考え、熱電変換性能の測定が行われた。

 導電性高分子膜の中でもPEDOT:PSSは、これまでの研究により高い導電率が報告されている。例えば1000S/cmの導電性、0.2W/mKの熱伝導率を持つ導電性高分子で、ゼーベック係数が1℃当たり50μVあれば、ZTは0.375と大きい値になる。PEDOT:PSSの導電性は薄膜の化学処理とアニールによって向上する。通常キャストしただけの膜では1S/cm程度の導電性であるが、キャスト前のPEDOT:PSSに有機溶媒を混合させ、キャスト後、溶媒を蒸発させ、さらに100~150℃の温度でアニールすることで導電率が2~3桁向上することが見出された。導電性の向上率は溶媒種に依存し、その中でもエチレングリコールが最も効果的であったという。エチレングリコールの混合率を変化させていくとPEDOT:PSSの導電率は未添加の膜の1S/cmよりも向上し、3%で最大830S/cmとなったとする。続けてゼーベック係数の測定を行ったところ、温度差1℃当たり40~50µV前後の値を示したほか、この薄膜の熱伝導率は0.18W/mKという低い値だった。これらの値から計算されたZTは30℃(303K)で0.27、50℃(323K)で0.29となり、この数値は現在有機系材料では世界トップレベルという。

 エチレングリコール添加によって、このような非常に高い導電性と熱電変換性能が得られたのは、エチレングリコールが蒸発する過程で溶媒に分散しているPEDOT:PSSのナノ結晶粒子が、高い秩序を持って配列されるためだと考えられる。このPEDOT:PSSの構造変化はX線回折によって確認された。ナノ結晶の秩序化がキャリアの移動度を高くし、導電性を向上させるために、高いZTを得ることができたと解釈されるとのことで、これらの結果は、導電性高分子PEDOT:PSSが、有機熱電変換材料として有望であることを示すとしている。

 図1 PEDOT:PSSの導電性向上の模式図。上図がエチレングリコール未添加、下図がエチレングリコール添加時。エチレングリコールが蒸発する過程でのPEDOT:PSSのナノ結晶が高い秩序をもって配列していくことに由来して、導電性と熱電変換性能が向上するものと考えられる

 類似の有機導電性高分子では、1℃当たり100なお200μVというより大きなゼーベック係数も報告されており、薄膜作製プロセスなどのさらなる最適化によって、このような大きなゼーベック係数を達成できる可能性があると研究グループでは説明しており、その場合、より大きなZTが達成できると期待される。そのため、今後は実験だけでなく理論とも連携させながら、さらに高いZTを実証するための実験を進める考えとしているほか、この薄膜を用いた大面積の熱電モジュールの試作を行う予定とコメントしている。

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上原健二
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