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産総研、鏡と透明状態の切り替えを30年以上可能な「調光ミラー」を開発
産業技術総合研究所(産総研)は、鏡状態から透明状態、透明状態から鏡状態に戻すことを1サイクルとした切り替えにおいて1万サイクル以上(1日に朝と夕方で2回の鏡状態と透明状態の切り替えをした時、約30年に相当するサイクル数)の耐久性を持つ「調光ミラー」をマグネシウム・イットリウム系合金の薄膜材料を用いて実現した(画像1)ことを発表した。
新エネルギー・産業技術総合開発機構の産業技術研究助成事業(若手研究グラント)の一環として行われた研究による成果で、9月27日(木)から東京国際フォーラムで開催されるイノベーション・ジャパン2012において発表し、試作品の展示とデモを行う予定だ。
画像1。今回開発されたマグネシウム・イットリウム系合金を用いた調光ミラー。鏡状態と透明状態の切り替えに対する耐久性に優れている
窓ガラスは外の光を室内に取り入れるために必須だが、同時に大きな熱の出入り口となっており、建築物の断熱を妨げる主な要因だ。そのため、市販の高断熱窓を用いるだけで冷暖房負荷が3割から4割低減できると試算されている。
さらに外気温や日射の強さに応じて、光や熱の出入を調節できる窓に変えれば、生活様式を変えることなくより多量のエネルギーの節約効果が期待できるというわけだ。
光や熱の出入を調節(調光)する最も効果的な方法は、光学特性を鏡状態と透明状態との間で可逆的に切り替えできる調光ミラーを用いることだ。このような調光ミラー特性を示す材料が求められてきたところ、1996年にオランダの研究グループが、薄くパラジウム(Pd)を付けたイットリウム(Y)やランタン(La)の薄膜が水素化と脱水素化によって、透明状態と鏡状態を切り替えできることを発見した。
また2001年に米国の研究グループが、比較的安価なマグネシウム・ニッケル(Mg-Ni)合金薄膜を用いて調光ミラーの開発に成功。しかし、透明状態でも赤茶色に色づいているなどの光学特性に関する問題があったのである。
産総研では、2002年から調光ミラー用薄膜材料の研究開発に着手し、マグネシウム・ニッケル合金薄膜の光学特性向上に取り組んできた。その中で、マグネシウム・ニッケル合金を用いた調光ミラーを窓ガラスに応用し、実際の建物に設置してその冷房負荷を実測することで、通常の透明な複層窓ガラスと比較して30%以上の冷房負荷低減効果があることを実証したのである(画像2)。
画像2。室温を28℃に設定した際の冷房にかかる電力量の積算値の変化
このマグネシウム・ニッケル合金を用いた調光ミラーは、最も優れた光学特性を持つものでも透明状態で黄色みが残っていた。そこで、ほかの薄膜材料の探索を行い、透明状態の時にほとんど無色で「可視光透過率」がマグネシウム・ニッケル合金による調光ミラーと同程度なマグネシウム・カルシウム(Mg-Ca)合金薄膜材料の開発に至ったのである。
透明状態と鏡状態の切り替えに対する耐久性は、光学特性に優れたマグネシウム・カルシウム合金を用いた調光ミラーでは50サイクル以下であり、最も耐久性の高いマグネシウム・ニッケル合金を用いた調光ミラーでも100サイクル程度だった。
マグネシウム・ニッケル合金薄膜とパラジウム触媒層の間にバッファー層を挿入し、さらに表面に撥水性の保護層をコーティングすることで切り替えに対する耐久性が向上したが、それでも1500サイクル程度(1日2回の切り替えで約4年に相当するサイクル数)であり、調光ミラーを窓ガラスに応用するには不十分だったのである。
このように、透明状態における光学特性に優れ、さらに切り替えに対する耐久性が高い調光ミラーの実現に向けて、新たな薄膜材料や調光ミラーに適した構造を産総研では探索していた。
そうした中で今回、有力な調光ミラー用薄膜材料として見出されたのが、マグネシウム・イットリウム(Mg-Y)系合金だ。この合金を用いることで、透明状態と鏡状態の切り替えに対する耐久性が1万サイクル以上まで飛躍的に向上したのである。
耐久性(切り替えることができるサイクル数)はパラジウムの膜厚に強く依存し、パラジウムの膜厚が薄くなるに従って急速に減少したが、調光ミラー薄膜層とパラジウム触媒層の間に中間層を挿入することで、パラジウム触媒層の膜厚を半分以下まで薄くしても1万サイクル以上の耐久性を維持することができ、触媒層の厚さを薄くすることで透明状態における光学特性が向上した。
さらに、パラジウム触媒層の上に反射防止膜をコーティングすることで、光学特性が一層向上し、これまで研究グループが作製した中で最も光学特性に優れたマグネシウム・カルシウム合金を用いた調光ミラーに匹敵する光学特性を持つ調光ミラーの作製に成功したというわけだ。
今回開発された調光ミラーは、「マグネトロンスパッタ装置」を用い、ガラス板上に金属マグネシウム、金属イットリウムなどを同時にスパッタして(吹き出して)、厚さ約50ナノメートル(nm)のマグネシウム・イットリウム系合金薄膜を蒸着させ、さらに真空中で極薄く中間層(厚さ約1~2nm)とパラジウム層(厚さ約3nm)をスパッタ・蒸着して作製された。
ガラス上の合金薄膜は、作製時は銀色の鏡状態だが、酸素を含まず水素を含んだ雰囲気で透明に変化し、逆に水素を含まず酸素を含んだ雰囲気では鏡状態に戻るという仕組みだ。
このマグネシウム・イットリウム系合金を用いた調光ミラーは、前述したように1万サイクル以上の鏡状態と透明状態の切り替えに対しても、鏡状態および透明状態における透過率は繰り返しサイクル数によらず一定の値を示しており、劣化していないことが確認された。
1万サイクルは、マグネシウム・ニッケル合金を用いた調光ミラーの7倍以上に相当し、1日に朝と夕方で2回の切り替えが行われた場合、30年に相当するサイクル数だ(画像3)。この耐久性の飛躍的な向上により、調光ミラーを用いた窓ガラスをオフィスビルなどで使用するなどの実用化が期待されると、産総研ではコメントしている。
さらに、表面に反射防止膜をコーティングすることで、切り替えに対する耐久性を維持しつつ、透明状態における可視光透過率(Tvis)が41%から55%に向上し、無色性も向上した(画像4)。この光学特性は、これまで作製した中で最も光学特性に優れたマグネシウム・カルシウム合金を用いた調光ミラー(Tvis=60%)に匹敵することが確認されたのである。
画像3。従来の調光ミラーと今回開発された調光ミラーの切り替えに対する耐久性の比較
画像4。反射防止膜がある時とない時の透明状態における透過率スペクトルの比較
調光ミラーを窓ガラスとして使用する場合、水素ガスと酸素ガスの簡便な供給システムが必要である点が課題だ。今後はガス供給システムの開発に取り組み、調光ミラーを用いた窓ガラスユニットを開発していく予定とする。さらに、紫外線に対する耐久性の評価などを行うことで、近い将来、オフィスビルの窓材に用いて冷房負荷を大幅に低減できるよう研究開発を進めていくとした。