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企業の有給消化義務 「5日」で調整へ どんな意味があるのか? 労働政策研究・研修機構研究員 高見具広

 企業の有給消化義務 「5日」で調整へ どんな意味があるのか? 労働政策研究・研修機構研究員 高見具広

 

 [イメージ写真]新しい仕組みによって、平均的に見れば取得率70%という政府目標に近づくかもしれないが、「仕組み」を入れただけでは十分でないだろう(ロイター/アフロ)

  厚生労働省は、2016年4月から社員に年5日分の有給休暇(以下、有休と表記)を取得させる義務を企業に課す方針だ。今通常国会に労働基準法改正案を提出する方向で調整を進めている。
 
  新しい仕組みでは、年10日以上の年休を付与される社員(フルタイム社員のほか一部のパートタイム社員も含む)に年5日分の有休を取らせることを企業の義務とする。「義務化」といっても、これまでのように社員が既に5日以上の有休を取得している場合には、企業の義務は発生しない。例えば社員が自ら2日の有休を取得している場合に、年5日に満たない部分(この場合3日)を取得させる義務を企業側が負う仕組みだ。
 
  では、なぜ社員の有休取得を企業に義務付けることにしたのか。その背景には日本の有休取得率が極めて低い現状がある。
 
  現行の有給休暇制度は、6年半以上働けば年20日が付与される仕組みだ。問題は実際の取得率にある。2014年の厚生労働省『就労条件総合調査』によると、労働者の有休取得率は 48.8%で、1人平均の取得日数は 9.0日にとどまる。また、業種や企業規模による差も大きい。業種でみると「卸売業、小売業」「生活関連サービス業、娯楽業」「医療、福祉」「宿泊業、飲食サービス業」などで取得率が低く、中小企業ほど取得率が低い。
  
  政府は 2020年までにこの有休取得率を 70%まで引き上げる目標を掲げる。目指している姿は、事実上の有休消化義務が企業側にあり取得率も 100%に近い欧州諸国だ。「年5日」になった経緯は、労働政策審議会(厚労相の諮問機関)において、年8日分の義務付けを主張する労働組合代表と、年3日分を主張した経営者代表の間の調整の結果による。

  では、この新しい仕組みによって休み方、働き方は変わるのか? この政策は働きすぎ防止策の一環として、労働者の健康確保のほか、休み方改革による仕事と生活の調和、生産性向上までを狙う。ただ、こうした政策の意図が実現するかどうかは、仕組みを作る現段階では見通せない。企業がどのような運用を行うかに大きく依存するからだ。
 
  ここで思い起こされるのは、1980年代後半以降の「週休2日制」推進による変化である。この当時、日米貿易摩擦という国際的背景もあり、日本人の「働きすぎ」を改善するため「週休2日制」が政策的に推進された。たしかにその後、土曜日が休日になる人が増えるなど働き方・休み方の大きな変化が起きた。ただ、注意すべきは、平日の労働時間が長くなったという指摘があることである。休みが1日増えたといっても他の日の残業がその分増えるなら、手放しで喜べないだろう。日本の1人あたり平均労働時間は、「週休2日制」が段階的に導入された1990年代に短縮が進んだものの、30代男性の2割近くが近年でも週60時間以上働いているなど、長時間労働の問題は依然解決していない。結局、「週休2日制」は、平均的日本人の休日を増やした一方で、長時間労働の削減に効果があったかといえば、そう簡単には結論付けられない。

  そこで今回の政策である。例えば、これまで取得率が低かった小売業や宿泊業、あるいは中小企業などでは、ぎりぎりの人員配置ゆえに「休ませられない」という事情が背景にあっただろう。そうした企業で、交代で社員を休ませるために要員管理のあり方を見直すならば、経営側にとっては一時的に苦労が伴うが、そこで働く者(これまで全く休めなかった者)にとっては朗報だろう。
 
  変わって、職場風土のために有休を「取りにくかった」人の場合はどうか。これまで「休みにくかった」社員が休みやすくなるには、法律の仕組みだけでは足りず、ひとえに企業の運用にかかっている。例えば、企業によっては、夏休み・年末年始・GWなどの休暇時期に合わせる形で「5日分」の取得促進を図るケースも考えられる。その場合、大型連休は実現しやすくなるかもしれないが、社員が「休みやすくなった」と感じるかには疑問が残る。「特別な時期」を除けば「休みにくい」ことには何ら変わりがないからである。職場風土の改革は、今後も取り組む必要のある課題だ。
 
  もっというならば、成果で管理されることも多い専門職や管理職などでは、ただ「休みを取らされる」だけだと良い面ばかりではない。休んだ翌日にその分業務が積み上がるならば、休日はそう嬉しく過ごせない。場合によっては自宅で仕事をすることにもなりかねない。そうなると社員の満足にも寄与せず、逆にモチベーションを下げることさえもありえよう。
 
  新しい仕組みによって、有休をこれまで全く取れなかった者、サービス業や中小企業で働く者の取得がすすみ、平均的に見れば取得率70%という政府目標に近づくかもしれない。ただ、以上の問題をクリアするには、「仕組み」を入れただけでは十分でなく、今後の企業の運用にかかっていると言えそうだ。
 
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 高見 具広(たかみ・ともひろ)
 1978(昭和53)年生まれ。独立行政法人労働政策研究・研修機構研究員。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。専門は産業・労働社会学。労働時間、ワーク・ライフ・バランスなどの研究を行っている。

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