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野生のゴリラの撮影から学ぶ「他者との距離感」 ネイチャーフォトグラファー・前川貴行に訊く、野生動物たちの世界

野生のゴリラの撮影から学ぶ「他者との距離感」 ネイチャーフォトグラファー・前川貴行に訊く、野生動物たちの世界

 

東京ミッドタウン(六本木)のフジフイルムスクエアを皮切りに、仙台、福岡、大阪を巡回する写真展『GREAT APES 森にすむ人々』は、世界各地を飛び回るネイチャーフォトグラファー・前川貴行が、2011年よりテーマとして撮り続けた野生の大型類人猿の姿を捉えた貴重な写真展だ。今や絶滅危惧種となったオランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボ……。前川がわれわれ人類と同じヒト科の大型類人猿に魅せられた理由とは? 動物写真に魅せられたきっかけから、体得した動物とのコミュニケーション術など、コスタリカへの撮影旅行から帰国したばかりの前川に話を聞いた。

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■何か一生懸命になれることが欲しかったんでしょうね。モヤモヤと鬱憤が溜まっていた時期が長かったからこそ、カメラを手にしたときに「これで食っていこう!」とピンときた。

―前川さんは、世界各地であらゆる野生動物の写真を撮られていらっしゃいますが、今日もコスタリカから帰国されたばかりだとか?

前川:はい。10日間ほどの滞在で、ベアードバクやナマケモノ、ケツァール(世界一美しいとされる鳥)などを撮ってきました。最近は2か月に1度くらい海外に行っていて、1か月滞在することもあったり、国内でもロケをしているので、あまり東京で過ごせていないですね(苦笑)。

―ずっと東京育ちで、和光高等学校の出身だそうですね。和光といえば、CORNELIUSこと小山田圭吾さんや、浜野謙太さん(在日ファンク、SAKEROCK)など、クリエイターを多数輩出している自由闊達な校風の印象ですが、前川さんもその頃から写真を撮られていたのですか。

前川:いえ。当時は友だちとバイクを乗り回していただけでした(笑)。小山田くんは3年間同じクラスでしたし、ミュージシャン、作家、俳優など、クリエイティブな仕事に就いている同窓生はたしかに多いです。でも僕は、高校を卒業してもしばらくはフリーターのような生活で、将来に関しても漠然と大きな夢を語るだけで、行動に移したことはありませんでした。

―今はこんなに精力的に活動されているのに意外ですね(笑)。では、写真を撮り始めたのはいつ頃だったんでしょうか。

前川:26歳のときに父親の一眼レフを触ったのがきっかけです。それまでは写真にも特に興味はなく、仕事も工場の生産ラインを作るエンジニアをやってました。昔から自然が好きで、よく山や海に出掛けて遊んでいたんですが、そのうち自然から受ける感動をかたちにしたいと思い、写真を撮り始めたんです。続けるうちに面白くなっていって、一眼レフを手にした3か月後には仕事を辞め、独学で写真の勉強を始めました。

―いきなり仕事を辞めてしまうなんて、ずいぶん思い切った行動ですね。

前川:ずっと、何か一生懸命になれることが欲しかったんでしょうね。モヤモヤと鬱憤が溜まっていた時期が長かったからこそ、カメラを手にしたときに「よし、これで食っていこう!」とピンときた。当然、食べていける保証なんてまったくなかったのですが、そこからは一直線でした。

―写真で食べていけるようになるには、どのようなことをやっていけばいいのか、全然イメージがわかないです。

前川:26歳で仕事を辞めてからは、ひたすら写真を撮る日々が続いていたんですが、28歳のときに田中光常さん(日本の動物写真家の第一人者)の助手をさせていただけることになったんです。当時活躍していた動物写真家は皆、田中先生の助手を経験されていたので、じゃあ僕も助手になろう! と。

―お願いすれば、助手にさせてもらえるものなんですか?

前川:最初は事務所の方に体よく追い返されたんですけど(笑)、しばらくして連絡をいただいて、直接先生に写真を見てもらえることになり……。

―先生からは、何かお言葉が?

前川:「キミの写真は10段階でいうと1か2だね」と(笑)。でも、そこで助手にしてくださいと頼み込み、半年後に声を掛けていただけたんです。

―助手というのは、具体的にどんなことをされるのでしょうか。

前川:助手といっても先生の撮影に同行したことは一度もなく、撮り方を教えてもらったわけでもない。ストックフォトのセレクトや管理をするのが主な仕事でした。けれど、先生の膨大な写真から学ぶことは多かったです。何よりも「動物写真家とは何か?」というのを間近で知ることができたのは、その後の大きな糧になりました。つまり、他の何よりも撮影が最優先。そのくらいの覚悟がないと動物写真家にはなれないということでしょうね。

―それは「生活を犠牲にしてでも」ということですよね。以前、別の動物写真家の方に取材させていただいたときも、動物写真の撮影は自然に大きく左右されるなど、時間とお金がかかるというお話をされていました。フリーになられてからは、苦労も多かったとお察ししますが。

前川:そうですね。僕自身も2年半ほど田中先生の助手をさせていただき、30歳でフリーになりましたが、しばらくはアルバイトをしながら食いつないでいました。でも、あまり心配はしていませんでしたね。自分の写真に自信がありましたし、いつかなんとかなるだろう、という楽観的な気持ちがあった。フリーになった翌年に結婚して双子に恵まれたので、経済的に厳しい時期も長かったですが、やるだけのことはやってやろうと決心していました。

■クマには個体ごとの距離感があります。それを見極めながら、少しずつ試していくんです。慎重に行けば3メートルくらいまで近づけることもあります。

―写真家になる前から自然が好きだったとのことでしたが、野生動物というテーマはいつ決められたんですか?

前川:エンジニアを辞めて、初めての撮影旅行で北海道に向かう途中、三陸地方で野生のニホンジカに出会ったのがきっかけです。ずっと都会で育った僕は野生動物に出会う機会がなかったので、とてもショッキングで痺れるような感覚がありました。そこからどんどん動物を撮ることに魅せられていったんです。

―その初めて出会ったニホンジカの写真、見てみたいです。

前川:それが怖くて撮れなかったんですよ(笑)。僕とシカとの距離はわずか10メートルくらい。草食動物とはいえ、オスのニホンジカは角も大きいので、カメラは持っていたんですが「どうしよう、どうしよう?」と内心慌てるだけで、そのうちシカはくるっときびすを返して去ってしまった。正直、ホッとしたんですけど……それと同時に、ドキドキと胸を打つ感動やらいろんな気持ちが湧き上がってきました。

―その後、2004年の初個展『Hey! BEAR』では、アラスカなどでクマを撮影した写真を展示されていますが、クマはシカとは比べても非常に危険で、被写体との距離も慎重にならざるを得ない動物ですよね。

前川:その後、いろんな動物を撮り続けるうちに、距離感についてすごく考えるようになりました。クマはとても魅力的ですが、うかつには近寄れず、撮るのが難しい動物です。「いかに安全な距離を保つか?」が重要になるわけですが、そこには物理的な距離だけではなく、個体ごとの距離感、いわゆるボディゾーンも存在します。それを見極めながら、どれだけ近づけるのかを少しずつ試していくんです。10、20メートル離れていても、クマが本気を出せば、あっという間に襲われてしまいますが、慎重に行けば3メートルくらいまで近づけることもあります。

■初めてマウンテンゴリラと目が合ったとき、瞳の奥に「魂」が垣間見え、生き物としての「凄み」を感じたんです。それは、他の動物との対峙では得たことのない感覚でした。

―3メートル先にクマがいるというのは、すごくスリリングな状況ですね(笑)。3月27日より開催される『GREAT APES 森にすむ人々』展のテーマ、大型類人猿の写真も、被写体との距離感が印象的な作品ばかりです。これらはいつから撮り始めた作品でしょうか。

前川:撮影をスタートしたのは2011年。アフリカのルワンダ共和国にマウンテンゴリラを撮りに行きました。それまではなんとなく凶暴な動物だと思っていたんです。カラダも大きいし、顔もいかつい。でも実際に接してみるととても温和で、大好きになっちゃったんですよ。大型類人猿であるゴリラの仲間は、オランウータン、チンパンジー、ボノボと4種類いる。だったら、全部撮ってみようと思いました。

―大型類人猿は、生物学的に私たちと同じヒト科の生き物です。人間と近しいところに共感を抱ける部分があったのでしょうか。

前川:たしかに、それはあったかもしれませんね。初めてマウンテンゴリラと1メートルもない距離まで近づいて目と目が合ったとき、瞳の奥に「魂」が垣間見え、生き物としての「凄み」を感じたんです。お互いに何かを思っているんだなと感じ合った気がしました。

―大型類人猿たちは人間に対して、どのような反応を示すのですか?

前川:ある程度の距離があれば、カメラを構えていても放っておいてくれます。あまり近づきすぎると手で払って嫌がりますよ。この間も、子供を抱えたお母さんゴリラに腕を掴まれて、「おい、ちょっと近すぎるよ」という感じで追い払われました。そうなると、こっちも「ごめんね」と謝ります(笑)。いくら温和な動物だからといって、襲いかかられる可能性がまったくないわけではない。彼らの生活を脅かさないように、空気のような存在になることから始める。そこはかなり気をつけますね。

―なんだか、人付き合いに似ていますね。

前川:そうなんですよ。いくら温和な人だって、無遠慮なことをすれば怒りますよね? 大型類人猿との付き合いも人間同士の付き合いも、そこは変わらないと思います。

―でも、いくら似ているとはいえ、言語でコミュニケーションがとれない彼らと人は仲良くなれるものでしょうか?

前川:個体や種類にもよるので一概には言えませんが、仲良くなれる可能性はあると思いますね。クマと対峙しているときは常に緊張感がありますが、大型類人猿はそれに比べると気が楽です。ただ、種によって付き合い方が変わります。同じゴリラでも、マウンテンゴリラは比較的人慣れしていますが、カメルーンで撮影したニシローランドゴリラは、まったく人慣れしておらず、遠くから僕の姿を見つけるとパッと森の中に逃げ込んでしまう。そういう場合は、姿を隠してかなり遠くからシャッターチャンスを狙うんです。

■動物との距離が近いから良い写真かというとそうでもない。写真家の個性って、被写体との間合いだと思うんですよ。

―野生動物の生命感溢れる迫力のある姿を撮るために、より対象に近づきたくなったりはしませんか?

前川:気持ちはそうですね。でも、動物との距離が近いから良い写真かというとそうでもない。距離もフレーミングも、常に計算しながら撮っています。写真家の個性って、被写体との間合いだと思っているんですよ。それは3メートルだから良い、10メートルだから悪いという問題じゃないんです。

―物理的な距離だけではないと。

前川:そう。その人が持っている被写体への思い入れと物理的な距離のバランスが合えばいい写真になる。現場の空気を感じ、性格の違いを判断して、引きで撮るべきなのか寄りで撮るべきなのかを見極めることが大切だと思います。たとえば『GREAT APES 森にすむ人々』展のメインビジュアル写真は、川べりの風景もフレームに入れたオランウータン親子の遠景なのですが、これも実際には無数の写し方があります。水面ギリギリから狙うのか、もっと近づいて親子を中心に撮るのか。でも僕はこの構図を選んだ。それはそのとき、その状況で、このフレーミングが最も美しいと感じたからです。その中で、よりベストな写真を目指してシャッターを切るんです。

―たしかに、前川さんの動物写真からは、家族のスナップ写真やポートレイトのような、ダイナミックさだけではない叙情的なものを感じます。とはいえ、そのシャッターチャンスが見つからない場合もあるのでしょうか。

前川:そうですね。全力を尽くしていますが、どんな取材でも旅立つ前は、「本当に求めている動物に出会えるかな?」「ちゃんといい写真が撮れるかな?」と不安です。でも、そのプレッシャーがあるからこそ自分を高めていけるし、醍醐味でもある。撮影後はいつもヘトヘトになってしまうのですが、とてもやりがいを感じ、充実感が持てますね。僕は、動物写真で強いメッセージを発信しようと思っているわけではなく、撮りたいものを撮っているだけ。僕ら人間はじつに漠然とした不安の中で日々生きています。でも、動物と対峙しているときは、もっとダイレクトな感覚に包まれているし、そこには余計なことは考えないクリアな世界がある。その瞬間を求めて、僕は動物写真を撮り続けているのかもしれません。

■どこか「通じ合えるもの」が動物の表情に表われてくれたら、「上手くいったかな?」と感じます。その生き物の日々の営みがじっくり想像できる動物写真もありだと思うんです。

―前川さんの写真の動物たちは、「人間的」な表情をしているところが魅力で、彼らの生活感が写し出されているような気がします。そこはご自身でも意識されていますか?

前川:それを「人間的」と言っていいのかわかりませんが、人間と動物は決して無縁ではありません。同じ地球で共に生きる生命として、われわれは兄弟であり、対等な存在です。さっきのゴリラの話ではないですが、どこか「通じ合えるようなもの」がその動物の表情に表われてくれたら、僕は「上手くいったかな?」と感じるんです。もちろん、誰も見たことのない決定的瞬間、アグレッシブな瞬間を撮りたいと思うこともあってチャレンジもしますが、それだけがネイチャーフォトの役割ではない。もっとじっくりと、その生き物の日々の営みが想像できる写真もあっていいと思うんです。見てくれた方が、被写体の動物とご自身の共通項を見出してくれたら、とても嬉しく思います。

―そういう意味では、『GREAT APES 森にすむ人々』展の写真に写された大型類人猿たちの姿には、われわれも共感を得る部分が多々ありそうです。

前川:そう思っていただけるといいですね。今回はルワンダ、ウガンダ、コンゴ、カメルーン、インドネシアのボルネオ島の5か国で撮影した42点の写真を展示予定です。15人ほどのチームを組んで、ジャングルにテントを張って泊まり込みで撮影した、貴重なニシローランドゴリラの写真もあります。テーマとしての大型類人猿は僕の中でひと区切りついたので、その集大成を見ていただけたらと思います。

―楽しみにしています。ところで、同じヒト科の「人間」という動物は、被写体としていかがですか? 作品にしたい対象にはなりませんか?

前川:ああ……うーん、僕もたまに撮影旅行で現地の人々の写真を撮ったりはするのですが……仕事として人を撮るというのは、どうもピンと来ないんですよ。人物撮影は写真の腕ももちろんですが、会話でのコミュニケーション力も必要。とくに女性を撮るのは難しいです。言葉の通じない動物のほうが、気兼ねなく付き合える気がしますね(笑)。

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