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Jリーグ、サラリーマン指導者が名GMに 予算、チーム事情…現実に向き合い的確な運営
ゼネラルマネジャー(GM)という役職は、日本のプロ野球では現役時代や監督時代に実績を残した元スター選手が務めることが多いが、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の場合は必ずしもそうではない。ちなみにスポーツマネジメントの世界では「監督に向くタイプ」と「GMに向くタイプ」は区別されている。
●スター選手ではなかったが、キャプテンシーを評価された
ヴァンフォーレ甲府(以下、VF甲府)のGMである佐久間悟氏は、1963年東京都新宿区生まれの51歳。埼玉県の城西大学付属川越高等学校では主にディフェンダーとしてプレーし、埼玉県予選の準々決勝で浦和市立高等学校(現さいたま市立浦和高等学校)に敗退した。駒澤大学に進むと関東大学サッカーで活躍して4年時には主将を務めたが、リーグ戦で下位に沈み、さらに入れ替え戦に敗れて駒大は2部に降格した。
Jリーグにおいては、「J2に降格すると、選手の流出といった戦力面だけでなく、ファンやスポンサー、自治体といったステークホルダー(利害関係者)に迷惑をかけてしまう」と話す佐久間氏は、監督としてもGMとしても残留や降格を経験した。学生スポーツとプロスポーツでは影響が違うが、すでに大学時代に降格の現実と向き合っていた。
大学卒業後はNTT関東(当時)の社員としてサッカーを続けた。まだJリーグ創設前の日本サッカーリーグ(JSL)の時代だ。「現在とは周囲のプレッシャーもまるで違う環境の中」(佐久間氏)、ディフェンダーとしてプレーし入社2年目から副将、3年目からは主将を務めた。だが椎間板ヘルニアが悪化し、28歳の若さで現役を引退した。引退後は「社業に没頭して出世をめざそうと思った」というが、大学と社会人で主将を務めたキャプテンシーを見込まれ、コーチ兼主務の声がかかり、チームスタッフとして残った。
Jリーグ創設当初は参画を見送ったNTT関東だが、大宮市(現さいたま市大宮区)など地元自治体の勧めもあって、チーム名を「大宮アルディージャ」に変えて参画を決断。佐久間氏はコーチ業の傍ら「プロ化準備室員」を兼任して、プロサッカーチームの組織づくりを進めた。45歳で退社するまで、メディアから「サラリーマン指導者」とも呼ばれた。大企業の組織人として社内外でプレゼンテーションを続け、反対意見と向き合いながら周囲を巻き込み、大宮でプロサッカーチームをつくり上げたのだ。●欧州留学で学んだ、理想のサッカーと現実の戦い
そんな佐久間氏が指導方法として目を開かされたのは、32歳の95年に社命で留学した欧州でのことだ。時系列的に前後するが、当時のNTT関東は日本フットボールリーグ(JFL=Jリーグの下位リーグ)でも下位に低迷するチームだった。そこで同氏は「チーム強化につながる理想のサッカー」を追い求めて、まずは日本サッカー界が影響を受けてきたドイツに渡ったが答えは見つからず、悶々とした気持ちのままオランダに向かい、そこでようやく見つけることができた。
それは「ダッチビジョン」という理論だった。オランダ代表監督として74年ワールドカップ準優勝、88年欧州選手権優勝を果たした名監督であるリヌス・ミケルス氏がまとめた同国の指導育成プログラムである。当時のアヤックス・アムステルダム監督だったルイ・ファン・ハール氏(現マンチェスター・ユナイテッド監督)からも身近に学んだという。
少し専門的になるが、ダッチビジョンとは「楽しませる:Enjoyment」「繰り返し練習させる:Repetition」「よい指導をする:The quality of coaching」が基本で、練習方法も「少人数での練習から始めて多人数での練習へ移行」「試合のある部分を切り取って練習する」など、実践的な指導方法だ。今では高校サッカーチームも取り入れる理論だが、20年前の日本サッカー界には新鮮だった。
オランダで学んだ攻撃的サッカーを理想に、大宮アルディージャやVF甲府の監督やフロント幹部としてチーム整備を進めてきた佐久間氏だが、予算面の制約やチーム事情といった現実と向き合う意識は高い。
「それはサッカー先進国では常識です。現在のVF甲府における戦術でいえば、理想=攻撃的にパスを運ぶサッカー、現実=守備を固めて逆襲速攻といえます」(佐久間氏)
かつて、J1に昇格した直後の大宮アルディージャ時代には、J2に再降格しないためのデータ分析をした。そこで得た結論は「昇格後2年以内に再降格した大半のチームは守備崩壊が原因」というものだ。これは現在でも変わらず、例えば昨季J1に昇格した徳島ヴォルティスはリーグ戦34試合で得点16、失点74という結果で、早々とJ2落ちが決まってしまった。
だからこそVF甲府は「昨季の総失点数がリーグ2位タイの守備力を継続した上で、ボール奪取力を高めて攻撃し、1試合平均の得点数を昨季の0.9点から1.3点に高めたい」(佐久間氏)という現実路線で今季のJ1に挑む。●サッカークラブの枠を超え、地域創生の起爆剤に
そんな佐久間氏の手法を批判する勢力もある。大宮アルディージャ時代には、試合後にサポーターが居残って抗議を続け、観客席に「佐久間辞めろ」と横断幕が掲げられたこともあった。そこでVF甲府では、より一層、交流に力を入れている。例えば、チームのサポーター組織の代表とは2カ月に1度話し合いを行い、クラブの最新情報を伝えながら本音の意見を交換している。もちろん、選手との対話も重視する。
「個人面談では、本人のパフォーマンスを基に期待する役割や要望を伝え、クラブの財政状況など情報も開示します。不満や要望にも耳を傾け、チーム全体の改善につながる話はできるだけ希望に沿うよう動きます」(佐久間氏)
現在の佐久間氏は、VF甲府のブランドイメージ向上の活動にも携わる。これも同氏の発案が多く、「地域創生の起爆剤として、サッカークラブの枠を超えた存在になりたい」との思いからだ。
例えば、「東南アジア市場の開拓」もその1つ。1月28日には建設機械の製造・販売を行う地元企業の日建とパートナーシップを結び、東南アジア諸国でサッカー教室などの国際交流を開くことを発表した。サッカー教室は国内で実施する方式の応用版だ。佐久間氏は「これが定着すればミクロの視点では引退後の選手の雇用も期待でき、マクロの視点では、アセアン諸国におけるオール山梨の取り組みにつながります」と語る。
●GMに求められる資質
最後に、話をチーム強化におけるGMの役割に戻すと、同氏に教えてもらった「GMに求められる5本柱」がユニークだ。JリーグのGM講座で英国リバプール大学を訪れた際、最初の授業でローガン・テイラー教授が語った言葉だそうだ。
(1)GMは「教会で働いている」と考えなさい
(2)クラブチームが「何を売り物にしているか」を考えなさい
(3)プロサッカークラブは「関係者に苦悩を提供している」と理解しなさい
(4)サポーターが「あなたを嫌っている」と理解しなさい
(5)それでも「サポーターと結婚しなさい」
それぞれ補足すると、(1)は社会奉仕の精神で、今の仕事はあなたが偉いのではなく、神から与えられているもの。(2)と(3)は観客に喜びと同時に失望感や悲しみといった苦悩を売っている。(4)は熱心なサポーターほど「自分がやったほうが成績はよくなる」と思っている。(5)はそういう人たちをすべて許して、その人たちに寄り添いなさい――というものだ。
佐久間氏の意識の片隅にはこれがあり、物事を進める場合は「未来志向」で考えるそうだ。未来志向とはロマン追求にもつながる。同氏は、吉田松陰の「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。ゆえに、夢なき者に成功なし」という言葉が信条だという。
1月10日付当サイト記事『瀕死のドラゴンズ、ファンもあきれる…不可解な契約更改、デタラメな球団経営&人事』は、プロ野球におけるGMの役割を読者が考える機会となることを願って寄稿した。今回のJリーグのGMは、その続編的位置づけである。地域財産であるプロスポーツの健全な発展のために、球団やクラブのGMが「関係者に苦悩を提供する常識人」であってほしいと願っている。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)