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36歳の危機を乗り越えるために、小泉今日子が手放したもの〈dot.〉
どうすれば小泉今日子のように、齢とともに魅力を増していけるのか―― その秘密を知ることは、現代を生きる私たちにとって大きな意味があるはず。
日本文学研究者である助川幸逸郎氏が、現代社会における“小泉今日子”の存在を分析し、今の時代を生きる我々がいかにして“小泉今日子”的に生きるべきかを考察する。
※「小泉今日子が『トラウマ告白本』を書かなかった理由」よりつづく
* * *
小泉今日子は、過去とシリアスに向きあうとき、「トラウマ告白本」とはまったく違うスタイルをとります。その実例が、2007年から2010年にかけてのエッセイと対談をまとめた『原宿百景』です。この本の帯には、よしもとばななによる「推薦のことば」が刷られています
<キョンキョンのあまりの文のうまさと、あまりの暗さに驚く。底知れない美しい暗さだ>
『原宿百景』に集められたエッセイは、「身近な死者」について語ったものが過半を占めます。アイドル時代に彼女が住んでいた部屋の、扉の前に捨てられていた猫。彼女の父親。彼女の母方の祖母。かつて彼女の恋人だった人の母親。後輩アイドルで、若くしてみずから命を絶った岡田有希子にも一章があてられています。
とりわけ印象的なのが、小泉今日子の子ども時代、彼女の三軒先に住んでいたリッチくんをめぐる一編です。この男の子にはよほどこだわりがあるらしく、他の著書でも再三、彼について触れています。
<みんなは強くてかっこいいリッチくんが好きだった。あたしは、弱くて悲しいリッチくんを知っていることが怖かった。リッチくんも、それを知っているあたしが怖かったに違いない。(中略)十八歳の時、リッチくんは突然消えた。車の中で発見されたリッチくんはとてもキレイな顔をしていたという。日暮れの闇に消えてしまいそうだったリッチ君は本当に消えてしまった。たった一人で排気ガスを吸って。ずいぶん時は流れたけれど、リッチくんのお墓に行くといつでも新しいお花と煙草がお供えしてある。リッチくんはあたし達の青春の記念碑になってくれた。だからあたし達は大人になれた。リッチくん、三軒先より空の上の方がよっぽど近い気がするよ。変なの>
この『リッチくんのバレンタイン』を書いたのは、小泉今日子が「中年の星」のような扱いを受けはじめたころです。年齢も40歳を越え、「36歳の危機」は克服されつつありました。
小泉今日子は、「36歳の危機」を迎える以前から、「若さ」こそ「死」に近いと考えていました。…