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国立天文台など、超巨大ブラックホールのジェットを高解像度で撮影

国立天文台など、超巨大ブラックホールのジェットを高解像度で撮影 

 国立天文台は9月18日、東京大学、マサチューセッツ工科大学の協力を得て、地球から約53億光年および約73億光年彼方にある「3C279」と「NRAO530」という2つの活動銀河「クエーサー」の中心にある超巨大ブラックホールから噴出するガスの根元の部分の構造を、「60マイクロ秒角」を切る高解像度でとらえることに成功し(画像1)、ガスの噴出する見かけの方向が根元の部分で大きく曲がっていることを明らかにしたと発表した。

 ちなみに60マイクロ秒角は、6000万分の1度のことで、人間の視力に換算すれば100万。地上から月を見上げた時の、月面上にある約11cm(CDやDVDより1cmほど直径が小さいもの)の物体の見かけの大きさと等しい。

 成果は、東大大学院 理学系研究科天文学専攻の大学院生(博士課程1年)で国立天文台 水沢VLBI観測所所属の秋山和徳氏(日本学術振興会特別研究員)、国立天文台 水沢VLBI観測所・総合研究大学院大学 物理科学研究科 天文科学専攻の本間希樹 准教授、国立天文台チリ観測所所属の永井洋研究員、マサチューセッツ工科大学のRu-sen Lu研究員、同・Vincent L. Fish研究員、同・Shepherd S. Doeleman主任研究員らの国際共同研究チーム「EHT(Event Horizon Telescope)」によるもの。研究の詳細な内容は、9月18日に大分大学にて開催された日本天文学会秋期年会にて発表された。

 このような解像度で天体の画像が得られたのは世界では2例目となる大変重要な成果で、科学的にはブラックホールからガスが噴出するメカニズムの解明への糸口となることが期待され、技術的には研究チームが最終的に目指すブラックホールの直接撮像という現代科学の究極の目標の1つの実現に向けた1歩となる。

 画像1。今回の観測結果とほかの波長帯の観測結果から推測される3C279のジェットの構造。(c) 国立天文台/AND You Inc.

 宇宙には、我々の天の川銀河系のほかにも数多くの銀河が存在し、その中心には太陽のおよそ100万倍から数10億倍の質量を持つ超巨大ブラックホールが存在していると考えられている。

 天の川銀河の中心にあると考えられている超巨大ブラックホールは活発な活動をしていないが、宇宙を構成している銀河の中には中心のブラックホールの周辺の領域がとても活発に活動している「活動銀河」と呼ばれる天体も数多い。

 その活動銀河の中心の超巨大ブラックホールは、莫大なエネルギーを宇宙空間へと運ぶ細長いプラズマガスの流れである「ジェット」を噴出していることが知られている(画像2)。これまでの研究から、活動銀河から出るジェットのスピードは光の速さの99%になることが確認済みだ。

 しかしどのようにしてガスが噴出しているのか、なぜ噴出するガスは細く絞られるのか、なぜ光の速さに近い驚異的な速度まで加速されるのか、などの基本的なことがまだわかっておらず、ジェットに関する多くの性質・現象が宇宙物理学の未解決問題として残っている。

 画像2。最も近い活動銀河ジェットを持つおとめ座A。(c) 国立天文台/AND You Inc.

 「VLBI(Very Long Baseline Interferometry:超長基線電波干渉計)」とは、地球の各地に存在する複数の電波望遠鏡をつなぎ、地球サイズ規模の実効口径を持つ巨大電波望遠鏡を実現する技術だ。

 望遠鏡の解像度θは観測波長λと口径Dのみで決まり、おおよその解像度はθ=λ/Dで見積もることができる。VLBIは実効口径が非常に大きいため、すばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡の100倍以上という、あらゆる天文観測装置の中で圧倒的に高い解像度を実現しているというわけだ(画像3)。

 画像3。各望遠鏡の口径、波長、解像度、視力の比較

 地上の望遠鏡を用いる限り、VLBIの実効口径は地球の大きさ(直径約1万2000km)に制限されてしまう。しかし観測波長を短くすることで、さらに高い解像度を実現することも可能だ。

 特に観測波長が1.3mmより短いVLBI観測では、現状で60マイクロ秒角を切る細かい解像度で天体の画像を得られるようになる。これはすばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡のおよそ1000倍の解像度だ。

 Event Horizon Telescope(「事象の地平線」望遠鏡、EHT)は、世界中にあるミリ波・サブミリ波の電波望遠鏡をつないでこのような高い観測周波数でVLBI観測を行おうとしている国際プロジェクトである(画像4・5)。

 EHTには日本の国立天文台をはじめとして、国内では東京大学や総合研究大学院大学など。海外では、米国からはマサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所、アリゾナ大学、ハーバード・スミソニアン天体物理学センター、カリフォルニア工科大学サブミリ波観測所、カリフォルニア大学バークレー校、CARMA(カルマ)観測所、アメリカ国立電波天文台など。

 そのほか、独マックス・プランク天体物理学研究所、ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(英・加・蘭)、台湾中央研究員天文普及天文物理研究所などの研究機関が参加。EHTの最終的な目標は現代科学の究極の目標の1つといわれている超巨大ブラックホールの直接撮像だ。

 画像4。EHTに参加している望遠鏡(正式名称は画像5参照)。赤い点が今回使用した望遠鏡、白い点が現在参加・将来的に参加が期待される望遠鏡。(c) 国立天文台

 画像5。望遠鏡の正式名称

 EHTでは、プロジェクトに参加している研究機関が保有するミリ波・サブミリ波望遠鏡を結んで観測を行っている。日本の国立天文台が保有する「ASTE(Atacama Submillimeter Telescope Experiment:アタカマサブミリ波望遠鏡実験)」もその望遠鏡の1つだ。将来的には、初期の科学観測がすでに始まっているALMA望遠鏡なども参加することが期待されている。

 今回の観測ではハワイ島のマウナ・ケア山頂にある望遠鏡群「SMALL(Submillmeter Array)」、「CSO(Caltech Submillimeter Observatory)」、「JCMT(James Clerk Maxwell Telescope)」、カリフォルニアにある電波干渉計「CARMA(Combined Array for Research in Millimeter-wave Astronomy)」、アリゾナにある電波望遠鏡「SMT/ARO(Submillimeter Telescope/Arizona Radio Observatory)」が参加して観測が行われた(画像4)。実効口径の大きさは最大4230kmになる。

 EHTが行っている1.3mm帯のVLBI観測は観測技術が現在確立されつつある新しい分野だ。これまで天体の画像が得られたのは、同じくEHTプロジェクトによる観測結果で、約1カ月前の2012年8月に米国天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載されることが決まった観測結果(Lu et al.2012)の1例しかない。

 そのため、天体の画像が得られるだけでも技術的に大きな成果といえる。1.3mm帯のVLBI観測で天体の画像を得ることに成功した今回の成果は、世界で2例目だ。

 ミリ波・サブミリ波VLBIは、活動銀河のジェットに対する観測において重要な役割を担うと期待されている。ミリ波・サブミリ波VLBIを用いる利点は大きく分けて2つだ。1つ目は、解像度が高いことによりこれまで見えていなかったジェットのより詳細な構造をとらえられることである。

 2つ目の利点は、ジェットをミリ波・サブミリ波帯といった波長の短い(=周波数の高い)電波で見ると、ジェット中のガスが電波に対して透明になるためにこれまで見えなかったジェットのより根元の部分、つまり噴出元のブラックホールにより近い場所を見通せるということだ。

 ジェットは、磁場とプラズマからなっており、プラズマ中の電子と磁場の相互作用によるシンクロトロン放射が電波では見えている(画像6)。ジェットの最も根元の部分では、磁場やプラズマの密度が高く、シンクロトロン放射はジェット自身によって吸収されてしまってその領域を見ることができない。しかし観測波長を短くしていくと、ジェットの電波を吸収する効果が小さくなり、より根元の部分を見ることができるというわけだ(画像7)。

 これらの利点を生かして、ジェットの根元の部分の構造を調べることで、ジェットの形成メカニズムを解明するための重要な手がかりを見つけられるのではないかと期待されている。

 画像6。ジェットの正体。3C120の画像:(c) The MOJAVE Program、その他の画像:(c) 国立天文台

 画像7。電波の波長の違いによるジェットの見え方の違い。波長の短い電波で見るとジェットのより根元の部分を見通すことができる。(c) 国立天文台

 今回の3C279とNRAO530のそれぞれのブラックホールからのジェットの角度についてだが、ほぼ正面から観測しているという考えだ。そして波長1.3mm帯のVLBI観測が明らかにした両天体のジェットの根元の部分の構造は、これまでより長い波長帯で見えていたジェットの構造とは大きく異なることがわかったのである。

 3C279の観測結果だが、同クエーサーではこれまでに観測されていた南西に向いたジェットとは大きく異なる北西の方向に新たな成分が噴出している様子が観測された(画像8)。

 この観測結果は、ジェットの根元部分でジェットの向きが曲がっていることを示している。観測された画像では大きく向きが異なるが、これはクエーサーではジェットが地球の方を向いているために起こる見かけの効果によるもので、実際は観測された画像よりも緩やかにジェットは曲がっていると考えられる。

 ジェットが地球を向いているための見た目の効果についてもう少し詳しく説明すると、手でピースサインや指を曲げて「く」の字を作って、指が指している向きから見て見るとわかり易い。指が指している向きから見ると、実際の曲がり方よりも大きく見えるはずだ。

 画像8。3C279の観測結果。地上から空を見上げた画像であるため、方角は地図とは裏返しになっている。中央の成分と北西の成分が北北西の方向に伸びた構造をしているのは、望遠鏡の視力がその方向に悪く、像がぼやける見かけの効果が原因だ。(c) 国立天文台

 この観測結果とほかの波長帯の観測結果を基にして、現在、研究チームが推測している3C279のジェットの構造は次のようになる(画像1)。3C279では、ガスの噴出方向がこれまで観測されてきた過去のジェットの向きから変わったことによって、このような電波画像が得られたと考えられるという。

 このように、ジェットの根元の部分でガスが噴出する向きがこれほど大きく変わった現象は、これまでとらえられた例が少ない。ジェットがどのようにして噴出されるのかを紐とく上で、大きな手がかりになることが期待される。

 またNRAO530でも、これまで見えていたやや北向きのジェットとは異なる、やや西向きにガスが噴出している様子が観測された(画像9)。こちらも3C279と同様で、観測されたジェットの曲がり方は見かけ上のものとなり、実際は観測された画像よりも緩やかにジェットは曲がっていると考えられる。

 画像9。NRAO530の観測結果。地上から空を見上げた画像であるため、方角は地図とは裏返しになっている。観測されたジェットの成分の構造が南北に伸びているのは、望遠鏡の視力がその方向に悪く像がぼやける見かけの効果が原因だ。(c) 国立天文台

 今回の観測成果とほかの波長帯の観測結果を基にして、現在、研究チームが推測しているのは、次の通り。NRAO530のジェットの構造は、濃い星間ガスにぶつかることで緩やかに曲げられている状態で、今回の観測で得られた画像は新たに噴出した電波で明るいガスが曲がったジェット中を移動しているところを写したものだと考えられるという(画像10)。

 これまでの研究でジェットの根元から離れた下流の部分で曲がっていることがわかっていたが、本成果によってこれまで見えていなかった上流の根元の部分においてもジェットが曲がっていることが明らかになった。

 また、両ジェットの曲がり方に関しては、画像11がわかりやすい。

 画像10。今回の観測結果とほかの波長帯の観測結果から推測されるNRAO530のジェットの構造。(c) 国立天文台/AND You Inc.

 画像11。3C279とNRAO530のジェットの曲がり方の理由の模式図。記者会見時の配付資料のPDFより抜粋

 今回の成果はミリ波・サブミリ波VLBIを用いたジェットの研究の幕開けともいえる成果だ。1.3mm帯で見えるジェットのより根元の部分の構造は、低周波で見えている構造とは大きく異なることが示された。

 3C279ではガスの噴出する向きが根元で変わる現象がとらえられ、NRAO530ではこれまでの観測でわかっていた領域よりもさらに上流の部分でジェットが曲がっていることが明らかになったのである。これらの現象はジェットがなぜ曲がるのか、どこで曲がるのかを知る上で大きな手がかりになるという。

 そして、それはジェットがどのようにして噴出するのか、ジェットがどのように進んでいくのかという、ジェットに関する基本的な謎を理解する上で重要な情報にもなる。今後、研究チームはEHTに参加する世界中の科学者と議論を重ねながら、この成果を学術論文にまとめる予定だ。

 また、今回見えた現象をより詳しく調べる次のステップとして、これまでとは違う方向に噴出したガスがどのように運動していくかを調べることが上げられる。これはジェットの物理的な構造やその中をガスがどのように運動しているかを知るために重要な手がかりとなるはずだ。

 今後、研究チームは国立天文台が保有するVLBI観測装置「VERA」などの世界中のVLBI観測装置を用いて、今回検出された電波で明るいガスがどのように運動していくのかを調べていく予定としている。

 そして今回の成果は、1.3mm帯でのVLBIで天体の画像を得ることに成功した世界で2例目のケースだ。今回の成果で達成した60マイクロ秒角を切る解像度は地球から最も大きく見えるブラックホールの直接撮像に必要な解像度と考えられている、「数10マイクロ秒角」に肉薄するものである(画像11・12)。

 理論計算から予測されるブラックホールの見え方の例。画像12(左)は天の川銀河の中心「いて座A*(エー・スター)」で、画像13は「M87のおとめ座A」。

 今回の成果は、EHTが目指す現代科学の究極の目標の1つであるブラックホールの直接撮像に向けてまた1つ、大きな1歩を踏み出したことを意味すると、研究チームは述べた。

 それと同時に、今回の観測結果に対しては、ミリ波・サブミリ波VLBIによる観測のごくごく初期の成果にしか過ぎないともコメント。今回は3カ所の電波望遠鏡を使用した形だが、今後、参加する望遠鏡の増加や観測装置のアップグレードにより、撮像できるジェット天体は増え、とらえられる構造はより複雑になり、解像度もさらに向上していくことが期待されるという。そして、超巨大ブラックホールの観測には、それらが必須であるとも述べた。

 EHTは今後、ジェットの形成メカニズムの解明に向けて、また数年以内に超巨大ブラックホールの直接撮像を達成することを目指して、国立天文台がチリに保有するASTE望遠鏡や現在建設中のALMA望遠鏡など、世界各地にあるミリ波・サブミリ波望遠鏡を観測網に取り入れながら、精力的な研究活動を行っていくとしている。

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