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傑作ドラマ「ブライズヘッドふたたび」を観るべし。絶対後悔するぞ

傑作ドラマ「ブライズヘッドふたたび」を観るべし。絶対後悔するぞ

 

もしあなたが、3月19日(木)までに自宅のパソコンないしはスマートホンでドラマを2時間観られる環境があるとしたら。
そして、終わった途端に忘れてしまうようなものではなく、いつまでも心に残る物語を求めているとしたら。
ぜひインターネット上の動画配信サービスGYAO!で観てもらいたい作品がある。
マイケル・リンゼイ=ホッグ/チャールズ・スターリング監督、ジェレミー・アイアンズ主演のドラマ『ブライズヘッドふたたび』だ。
このドラマはイギリス・グラナダTVで製作され、本国では1981年10月から12月まで、11回にわたって放映された。日本のTV局でも流されたことがあり、そのときの邦題は「華麗なる貴族」である。いや、わからないでもないが、なんというタイトルだ。
その第1話が、3月19日(木)まで無料配信中なのである!(以降は随時更新)

このドラマを観たほうがいい人をもう少しリストアップしてみる。

・単発のものよりも長大なドラマが好きで、特に一族の盛衰といった年代記形式のものは必ず観るという人

・滅びゆく英国貴族文化に関心があり、その美しい邸宅や荘園などの景色も見てみたいと思っている人

・オクスフォード&ケンブリッジという名門校を舞台にした作品、特に学寮生活を送る若者たちを主人公にした作品がお気に入りな人

・1920~1930年代、つまり2つの世界大戦間という文化の繚乱期を扱った作品をよく読んだり観たりするという人(いわゆる黄金期探偵小説ファンもここに入るのでは)

そして
・青年同士の友情物語が何よりも好きという人
だ。

本作は英国作家イーヴリン・ウォーが1945年に発表した『ブライヅヘッドふたたび』(吉田健一訳。小野寺健訳もあり、そちらのタイトルは『回想のブライズヘッド』)の忠実なドラマ化作品だ。脚本を執筆したのはミステリー作家としても名高いジョン・モーティマー。『告発者』などの邦訳がある。

物語は、第二次世界大戦に従軍した〈私〉こと画家のチャールズ・ライダー(役:ジェレミー・アイアンズ)が、新しい駐屯地にやってくる場面から始まる。提供された邸宅は、前景に湖が見え、カソリックの礼拝堂を併設した広壮なものだった。〈私〉はその場所、ブライズヘッドをよく知っていた。なぜならばかつて、親しく訪れた場所だったからである。
ここで時間は一気に遡り、1924年まで時計の針は戻される。当時のチャールズは、オクスフォード大学のカレッジに入学したばかりの若者だった。彼には肉親のように大事に思う親友がいた。セバスチャン・フライト(役:アンソニー・アンドリューズ)である。
この大学時代のエピソードは、ドライブに出かけた2人が楡の木の木陰に寝そべり、イチゴをつまみながらワインを飲むという甘い場面から始まる。青春時代にのみ時折、稲妻のように訪れ、そして二度とは巡ってこない瞬間だ。セバスチャンはチャールズに語るともなく、こう呟く。

「金の壺を埋めよう。幸福だった場所に大事な物を埋めるんだ。みじめな年寄りになったら……戻って来て思い出す」(字幕より)

チャールズとセバスチャンは別のカレッジの所属で、本来は出遭わないままだったかもしれない関係だった。偶然から2人は知り合い(泥酔したセバスチャンが、1階に住んでいたチャールズの部屋の窓から首を突っ込んで、吐いたのだ)、瞬く間に親友になる。
原作の『ブライヅヘッドふたたび』は序章と終章、そして第1部「曾てアルカディアに」、第2部「ブライヅヘッドを去る」、第3部「糸の一引き」から成る小説だが、第1部の〈アルカディア(理想郷)〉とは、チャールズとセバスチャンが水入らずで過ごした日々のことを指している。『ブライヅヘッドふたたび』は回想記の形式でその青春の日々から現在までの時の流れを綴る、感傷に満ちた物語なのだ。

19日まで無料公開されている第1話は、チャールズとセバスチャンの甘い日々を描いたパートなので、胸を躍らせるような描写に満ちている。たとえばチャールズの失態を詫びるためにセバスチャンが開いた昼食会の後、2人で植物園を訪れる場面。そして、夏季休暇中にセバスチャンが怪我をしたと知り、焦ったチャールズが彼の別荘へと駆けつける場面。見どころが多いので、ぜひご覧になっていただきたい。

実は2人の間柄にはいくつも設定上の仕掛けが施されている。たとえば身分の違い。セバスチャンは上流階級、すなわち貴族であり、チャールズは中流の上とでもいうべき出自なのだ。そしてセバスチャンのフライト家は、英国では小数派に属するカソリックである。このことが後々2人の関係に影響を及ぼすことになる。
また子供のような心の持ち主だが、その内奥に固く閉ざされたものを持っているセバスチャンが、始終テディ・ベアを持ち歩いていることにも注目してもらいたい。アロイシャスと名づけられたその熊が「ピーナッツ」のライナスにとっての安心毛布のような意味を持っているのであろうことは想像に難くない。つまり、脆い要素が彼の造形の中には詰め込まれているのである。

イーヴリン・ウォー(1903~66)はイングランド生まれの作家で、オックスフォード時代はチャールズやセバスチャンのように、1920年代の典型的な若者 Bright and Young Peopleとして放埓な生活を送った。この体験は若者の馬鹿騒ぎを描いた第2長篇『卑しい肉体』にも反映されているはずだ。
1928年の小説デビュー作『大転落』は、オクスフォードから放逐された青年の数奇な運命を描いた作品で、黒い笑いに満ちた傑作だ。ウォーは自身の長篇小説を「ふざけた」ものと「まじめな」ものに分類していたが、『大転落』『卑しい肉体』などの初期作品が前者、『ブライヅヘッドふたたび』や未訳の〈名誉の剣〉3部作などが後者に含まれる。
しかし、どちらの作品もただ「ふざけた」だけではなく、ただ「まじめな」だけでもない。ウォーの中に常にあったのは、両大戦間という激動の時代に大きく変わっていった英国の精神性への回顧、そして安易に快楽を求める現代文明への強い諷刺心だった。その意味で、1945年という世界大戦終結の年に発表された『ブライヅヘッドふたたび』はウォーが作家性を惜しみなく前面に押し出した作品であるといえる。感傷的かつ甘美な味わいの下には、実は読む人間をドキリさせるほどの苦さ、鋭さが隠されている。
思想としては紛れもなく保守だ。なにしろ依拠しているものが英国階級社会の文化なのだから強固である。本来保守とはそういうもので、背負うべきものもないのに原点回帰を唱えるというのはおかしなことなのだ。ウォーの場合、それをやりつつ、同時に保守本流の人々をも徹底的に洒落のめし、皮肉っているというのが作家としては非常に素晴らしい。

『ブライズヘッドふたたび』の主要キャラクターでこれまで名前が出ていないのは、セバスチャンの妹ジュリア(ダイアナ・クイック)である。後半では、彼女が鍵を握る登場人物として浮上してくる。これは平民であるチャールズが、兄セバスチャンと妹ジュリアの2人を通してフライト家という貴族の興亡を目の当たりにする、長い長い物語なのである。全11話、最後まで楽しんでもらえるはずだ。まだ間に合うので、この機会にぜひ。そして気に入っていただけたら、原作も手に取ってみてください。絶対に損はしないはずですので。

※おしらせ
今週3月21日(土)19時~新宿Live Wire Cafeでイーヴリン・ウォーの邦訳作品を読破した出演者が語り合うイベントをやります。出演は書評家・倉本さおりと杉江松恋。ゲストには『卑しい肉体』の訳者である大久保譲さんをお招きしております。『ブライズヘッドふたたび』を観てウォーという作家が気になった人は、ぜひこちらにも足をお運びください。
詳細はこちら。

(杉江松恋)

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