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「報道メモ」「リーク情報」「夜討ち・朝駆け」── 事件報道の現場 その実態と課題は?
[写真]栃木県で起きた幼女連続殺害の「足利事件」の犯人とされた、冤罪被害者の菅家利和さん。無実の罪を着せられ、逮捕時、マスコミから完全に犯人扱いされ、「幼女趣味」など事実と全く違うことを大報道された(Natsuki Sakai/アフロ)
川崎市で起きた中学1年生の男子生徒殺害事件、兵庫県淡路島の男女5人が殺害された事件。最近も耳目を集める凄惨な事件が続いています。大きな事件が起きると、テレビも新聞も事件一色になりますが、現場ではどんな取材が行われているのでしょうか。報道に問題はないのでしょうか。
「報道メモ」とは
マスコミで事件取材を担当するのは、社会部(会社によって「報道部」「報道センター」などの呼び名もある)の所属記者です。社会部はその名の通り、森羅万象の社会現象を守備範囲としており、その中に「警察」「事件」を担う記者たちがグループ化されています。読売新聞や朝日新聞といった大手紙になると、東京本社だけで担当は20〜30人にもなるようです。
事件記者はどうやって、事件を知るのでしょうか。
一つは警察側の公式発表で、たいてい「報道メモ」という名の発表資料を警察側が記者クラブに提供することで始まります。通常、A4判1枚。容疑者逮捕の場合、報道メモには「所轄署の名称」「逮捕日時」「容疑(適用法令)」「被疑者名」「被害者名」「容疑の概要」などが記されています。大きな事件や事故、火災、遭難などが起きると、容疑者逮捕や事案の詳細が分かっていなくても、間を置かずに「報道メモ」が出ることがあります。大都市を抱える都府県警では1日に数十件の報道メモが出ることもあります。
ただ、「発表する・しない」は警察側の判断ですから、全ての逮捕・発生が公になるわけではありません。また、報道メモの提供は記者クラブ加盟のマスコミに限られ、雑誌記者やフリー記者は直接手にすることはできません。
公式発表以外では、どうやって情報をキャッチしているのでしょうか。
事故や街頭での犯罪など「発生もの」では、まず「市民からの連絡」があります。「パトカーが何台も走っている。どこで事件ですか?」といった読者や視聴者からの問い合わせで察知する形です。
マスコミ各社が契約しているタクシー会社などから「事件があって緊急配備が敷かれている」といった連絡で知るケース、さらには親しい警察官や消防士、被害者が運び見込まれた医療機関などからの非公式な連絡、消防無線の傍受、新聞販売店関係者からの通報といった形で発生を知るケースもあるようです。
「リーク情報」で勝負する実態
事件取材の一番の問題は「捜査機関への非公式取材」に潜んでいます。
捜査情報を非公式に記者に伝えることは、国家公務員法・地方公務員法などに違反するため、捜査機関は表向き、捜査情報の伝達を厳禁しています。とくに検察組織の厳しさは有名です。地検の場合、報道対応の職務は一部の幹部に限定していますが、記者が禁を破って一線の検事らに接触したことが分かれば、記者は「出入り禁止」となり、公式の報道対応もしてくれなくなります。
かといって発表のみに頼っていると、捜査の実情は見えてきません。そのため多くの記者は独自情報を得ようと、夜間に捜査幹部の自宅などを訪れる「夜回り・夜討ち」、それを朝に行う「朝回り・朝駆け」に傾注します。言い換えれば、「リークしてもらう」ことにしのぎを削るわけです。
川崎市の中学生殺害事件でも分かるように、大事件が発生した当初は大々的な報道が続きますが、そのほとんどは、こうした「リーク情報」に基づくと言っても過言ではありません。
相手が帰宅する深夜まで電柱の陰で何時間も立って待った、捜査員の自宅をひと晩に4軒も5軒も回った、人間関係を作るため飲めない酒もとことん付き合った──。そんな経験はほとんどの事件記者が持っています。セクハラまがいの行為に耐え忍ぶ女性記者も少なくありません。それもこれも「リークしてもらうため」と言えるでしょう。
「リーク」の問題点とは
事件報道の中核を成す「リーク情報」は大きな問題を抱えています。
まず、夜回りなどで得た情報の信用性です。記者は逮捕された被疑者に直接接触できませんから、リーク情報は捜査機関からの一方通行です。「対立する双方を取材する」は報道の大原則ですが、マスコミに協力的な弁護士がいる場合を除き、事件報道ではこの大原則が成り立っていません。被疑者側に無理に接触しようとすると、捜査妨害にもなりかねません。
従って、捜査当局が自らに都合の良い情報を流し続けた場合、誤った事件像が流布される恐れがあります。かつて栃木県で起きた幼女連続殺害の「足利事件」は冤罪だったことが後に判明しましたが、無実の罪を着せられた男性は逮捕時、マスコミから完全に犯人扱いされ、「幼女趣味」など事実と全く違うことを大報道されました。松本サリン事件や袴田事件など、似たような事例はほかにもたくさんあります。
有力紙のベテラン記者は言います。
「足利事件みたいな大事件に限らず、逮捕直後に報道しまくった内容が裁判で全く出なかったとか、違っていたとか、そんな経験は誰にでもある。警察だって間違うことはあるし、最初は事件の全体像は見えていないのに、初期の段階であやふやな情報を大報道することに問題がある。それは分かっているけど、他社との競争に負けたらバッテンが付く。正直、事件が多いから振り返る暇もないし、判決が出るころには異動していてその場にいないし、そのうち過去の失敗は忘れてしまう」
もっと明白な「意図的リーク」もあります。
政治家が絡む贈収賄事件でしばしば見られるように、大事件の捜査では「家宅捜索に入る捜査員」の映像が流れます。証拠隠滅の恐れがあるため、強制捜査の着手時期は本来極秘情報のはず。それなのになぜ、事前にカメラの放列ができているのでしょうか。
理由は簡単です。東京地検を担当した経験を持つ別の記者の話。
「事前に幹部が『週明けはお前、休むなよ』などと耳打ちしてくれたり、『明日ですね?』と夜回りでぶつけて感触を得たり。多くの社が居るオフレコ懇談会の場であからさまに教える警察幹部もいました。向こうもPRしてほしいから、その点は持ちつ持たれつです。テレビはカメラや音声など人の手配が大掛かりになるので、記者クラブ内の他社の動きの慌ただしさで着手日を察知したこともあります。その場合だって他社は捜査側から情報を得ているわけです」
減る事件、増す報道の歪み
1980年ごろまでは、記者が刑事部屋にふつうに出入りし、その横で参考人が聴取されている、といった風景も日常的でした。現場取材で非常線の内側に入り、鑑識捜査員の脇で取材することもあったようです。人気を博した古いテレビドラマ「事件記者」の世界です。「マスコミが捜査側と一緒になって犯人捜しをしたり、容疑者を極悪人に仕立てあげたりする風潮はこの時代に出来上がった」と言う研究者は少なくありません。
こうした状況が変わったのは、30年ほど前からです。捜査機関側の情報管理は厳しくなり、日中から記者と捜査関係者が堂々と接触することは困難になってきました。庁舎セキュリティーも格段に向上し、受付までしか入れないことも珍しくありません。
それらと並行して、事件報道の背後では大きな二つの社会的な変化がありました。一つは事件そのものの激減です。実は、日本では殺人・強盗殺人・強盗などの凶悪事件は、相当前から減少局面に入っています。ここ数年は毎年、刑法犯は史上最少を更新し続けています。「件数は減ったかもしれないが、少年の凶悪犯や無差別事件は増えたのではないか」といった指摘もありますが、犯罪学の専門家らの研究では、戦前や終戦後もこうした犯罪は相当数あったようです。
もう一つの変化は、高度情報化社会の到来です。犯罪報道はかつて、よほどの事件でない限り、全国紙の地方版や地方紙、ローカル局などの範囲にとどまっていました。ところが、インターネットなどの発達によって、遠い地方の事件も全国各地で知ることができるようになり、国民が犯罪を身近に感じるようになってきました。最近の総理府調査などを見ると、日本の治安に不安を感じる国民が多い一方、自らの近隣では治安に不安を感じない、という傾向が顕著になっています。警察庁は1990年代初めごろから、これを「体感治安」という言葉で表すようになりましたが、実態と意識がかけ離れているのかもしれません。
そうした変化にもかかわらず、マスコミの姿勢が変わっていないことも問題でしょう。以前と同じように大人数を事件担当記者として配置し続け、「犯人捜し競争」「犯行の態様報道競争」に狂奔するわけですから、事件現場や関係者宅に大勢の記者が押しかけ、多数のマイクを突きつけながら歩く。そんな「集団的過熱取材」(メディア・スクラム)は近年、いっそう激しくなってきました。
マスコミ関係者の中には「ネットで犯人捜しが行われたり、少年の実名がさらされたりする。狂奔しているのはネットの背後にいる不特定多数の人たちではないか」との声が少なくありません。しかし、そうだとしても、警察に優先的にアクセスできるマスコミの取材が、大げさであったり、不確かであったりする点は、マスコミ自身が検証しなければならない課題です。
犯罪報道は本来、事件が起きた背景や病理を粘り強く、広範に取材し、不幸な事件を少しでも減らしていくことが目的です。捜査機関に誤りがないかどうかをチェックするのも重要な役割です。そのためには法律の専門知識、捜査機関に関する制度や権限の研究、人権意識などが欠かせません。日本のマスコミの事件担当は、新人記者など若い記者が多く配置されているのが特徴ですが、本当は異動も減らして経験豊富な専門記者の領域とし、初期の集中豪雨的な報道ではなく、「検証」重視の内容に変えていくべきかもしれません。
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