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利用者不在の“引退劇” 寝台特急「北斗星」廃止
青函トンネルを通り、上野と札幌を毎晩結んだ寝台特急「北斗星」が14日限りで廃止された。切符は入手困難となり、最終日には別れを惜しむ数千人が沿線に…。だが素朴な疑問も湧くだろう、「人気があるなら残せばいいのに」と。どうやら真の廃止理由は「時代の流れ」ではなさそうだ。新幹線や超豪華列車に特化するJRの営業戦略、それに複数の鉄道会社間の経費調整という、利用者不在の事情が透けて見える。
■プラチナチケット
「ありがとう!」。13日午後7時3分、札幌行き最終「北斗星」が上野駅を発車すると、ホームを埋めた約3千人の鉄道ファンらから一斉に声が上がり、拍手が湧き起こった。
昨年12月に廃止が発表されて以来「北斗星」の切符は“プラチナチケット”となり、駅には連日、寝台券を求める人が並んだ。最寄り駅で毎朝、席の有無を尋ねたという川崎市に住む女性会社員(38)は「朝5時から並び、6回チャレンジしてやっと手に入れた」と苦心談を披露する。午前10時の発売と同時に売り切れる日がほとんどだったのだ。
最終「北斗星」の乗客の一人はつぶやいた。「こんなに人気があるのに、なぜ廃止するんでしょうね」
■クルーズが代替?
廃止の主な理由は車両の老朽化。最も古いもので製造後40年を超え、修繕を重ねて使ってきた。来春の北海道新幹線開業を控え、青函トンネルの通過が制限されることも一因という。
「北斗星」の代替としてJR東が挙げるのが、2017年春に運行を開始するクルーズトレイン「四季島」だ。展望車やラウンジ、ダイニングを備えた全室スイートの豪華列車で、13年秋に登場し富裕層や外国人観光客に人気が高いJR九州の「ななつ星in九州」が刺激となった。
ただ、代替というには値が張る。「ななつ星」の場合、3泊のコースで1人48万~130万円、1泊でも最低21万円。「四季島」の料金は発表されていないものの、「ななつ星」に匹敵すると想定される。上野-札幌間2万7980円の「北斗星」とは桁が違う。「一年に一度」と「一生に一度」ぐらいの差があるだろう。
「北斗星のように、気軽に乗れる列車を今後新設する予定は?」との記者の質問に、JR東日本の運輸車両部は「今のところ計画はない」と断言した。
■取り分が減るから
「北斗星」と同時に廃止されたのが、豪華な個室や食堂車などで高い人気を誇ったJR西日本の「トワイライトエクスプレス」(大阪-札幌)だった。JR西は同じく「老朽化のため」と説明する。しかし、運輸評論家の堀内重人さんは、14日に開業した北陸新幹線との関連性に着目する。
新幹線の開業に伴い、JRは並行する在来線の経営から手を引いていい、と国は定めている。北陸の場合はJR西、東にまたがる金沢-長野間の252・2キロが、沿線自治体の出資による4社の第三セクターに分割、移管された。
堀内さんは「三セク化でJR西の“取り分”が減ることが主要な廃止理由だったはずだ」と指摘する。大阪-札幌間1495・7キロのうち、JR西エリアは444・8キロと3割を占めたが、三セク化で267・6キロと2割以下に。いくら経費をかけて列車を走らせても、距離に応じて得られる収入は大きくないのだ。
とはいえ、それは鉄道会社同士の事情にすぎず、利用者には関係ない。
■新幹線に「誘導」
そもそも車両の老朽化は廃止の理由になるのだろうか、新しい車両に替えればいいのではないか-。堀内さんは「需要が一定数あるならば、車両を更新して続けるべきだ」と、JRの消極性に疑問を呈する。
背景には、長距離旅客を新幹線に誘導し、集約させようという戦略がある。
高速の新幹線と「ななつ星」のような超豪華列車という二極化。最近のJR各社の方針について、海外の鉄道事情に詳しい横浜出身の鉄道研究家、今尾恵介さんは「日本の鉄道は選択と集中が進みすぎた」とみる。
例えば首都圏から関西や東北へ鉄道で行くには、今や新幹線以外に選択肢がない。新幹線とは別に在来線があるのに、そのインフラが「宝の持ち腐れ」(堀内さん)になっている。
「欧州には新幹線のような高速列車も、日本円で3千円弱の追加料金で乗れる安い簡易寝台車もある」と今尾さん。速さよりも安さを選ぶ人、あるいは寝ている間に移動して時間を有効活用したい人など、幅広い利用者像が想定されている。
既存の路線に、夜行列車や都市間輸送など、それぞれの目的に特化した運行専門会社が複数参入する「オープンアクセス」も、欧州では一般的という。一つの道路に複数の会社のバスが走るのに似ている。
一方でJRは「この20~30年ほど、欧州のようなチャレンジをほとんど行わなかった」(今尾さん)。
足りないのは旅行手段の多様性だ。堀内さんは強調する。「さまざまなニーズに対応するのが公共交通の使命であるはずだ。その方が中長期的に鉄道の魅力を高めることにもなる」
◆旅の多様性 どこへ…
ブルートレインが走り始めた1950年代、その車内は「社会の縮図」といわれた。上等な1人用の個室寝台があり、「蚕棚」と称された3段ベッドがあり、リクライニングする椅子も、しない硬い座席もあった。食堂車はサロン代わりだった。多様な境遇の人々がそれぞれ、それなりに一夜を過ごすことができた。
「新幹線の成功体験があまりに重く、その結果、選択肢が少なくなってしまった。日本の鉄道は硬直化してしまったように思う」。大磯町に住む鉄道ライターの杉崎行恭さんは言う。
「北斗星」のような存在の喪失は、旅のありようの変化を示してもいる。例えば「北斗星」をはじめ、多くの寝台列車で一般的だった2段ベッドのB寝台。各席にはカーテンの仕切りがあるだけで、見知らぬ人同士が乗り合わせた。
札幌市に住むある男性は、昨年12月に小学生の息子を伴って札幌発上野行き「北斗星」に乗った。航空機や、同じ「北斗星」の個室でなく、B寝台を選んだ理由を「いろんな人に出会える夜行列車を子どもに経験させたかったから」と話す。その晩、初老の車掌は男の子の寝台を何度か訪ね「ぼく、青函トンネルに入るまで起きていられるかな」と優しく接した。
袖振り合うも多生の縁。一夜をともに過ごすうち、小さな「社会」が生じることもあった。そんな機会は失われるかもしれない。
◆北斗星 青函トンネル開業に合わせて1988年3月に運行開始したブルートレイン。90年代の最盛期には1日3往復が定期運行された。フランス料理を提供する食堂車や1~2人用個室、ロビー、シャワー室など多様な設備があった。定期運行は13日夜の出発を最後に廃止。4月以降に臨時列車として隔日運行されるが、8月の完全廃止が決まっている。最近の乗車率は年間平均で約6割。