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クルマの“ミッション戦国時代” 生き残るのはどれだ?

 クルマの“ミッション戦国時代” 生き残るのはどれだ?

 

 [図表]変速機星取表

  近年、変速機はずいぶんとバラエティ豊かになった。昔ならマニュアルトランスミッションとオートマチックトランスミッションの2種類しかなかった。オートマチックは「トルコンAT」と呼ばれていたが、これは発進デバイスにトルコンを使っていたからである。しかしCVTや一部のDCTにもトルコンが用いられるようになって混乱が起きたため、現在では「トルコンステップAT」あるいは「ステップAT」と呼ばれる。
 
  効率や機能向上を目指したトランスミッションが次々と登場した結果、現在の状況は少々混乱気味なので、今回はその変速方法の利害得失を紐解いてみようというわけだ。ちなみに今回の記事の前編として先週はそれぞれの基本的仕組みと発進デバイスの特徴をまとめたので、それも参考にして欲しい。
 
  さて、変速方式別に仕組みと今後の可能性を見ていきたい。前回書いたように、変速システムは従来のマニュアルの他にトルコンステップAT、CVT、DCT、AMTと主だったもので5種類ある。

《マニュアルトランスミッション》

 [写真]マツダの横置きFF用5段マニュアルトランスミッション、SKYAVCTIV-MT。クラッチペダルで動力を切断し、シフトノブからリンクで繋がったシフトフォークで歯車を動かす

  実用的な変速機としてはもっとも仕組みが単純で、効率が高く、コストも安く、軽量でメンテナンス性が高いなどメリットは多い。ただし、当たり前だが自動変速はしてくれない。
 
  そのメリットから、現在途上国で販売されるクルマはその多くがマニュアルだ。効率やコストや重量の問題には目をつぶったとしても、修理に高度な設備と技術が必要では普及しない。修理の敷居が低いことがマニュアルの強みだ。日本国内だけで見ていると、マニュアルは消えゆくシステムのように思えるだろうが、全世界的に見れば生産数は増えており、主流のシステムなのだ。

《トルコンステップAT》

 [写真]マツダの横置きFF用6段トルコンステップAT、SKYACTIV-AT。JC-08モードの80%をロックアップした状態でカバーする。厳密にはわずかに滑らせながらロックアップする領域もある。原則的には発進以外はほとんど直結状態にある

  少し前まで、自動変速機と言えばこれしかなかった。
 
  発進マナーがもっとも洗練されており、不得意だった変速マナーも改善した。変速に要する時間(変速速度)も上々で、最小ギヤと最大ギヤの比率(レシオカバレッジ)も大きく取れる上、構造上多段化しやすい。
 
  トルコンのスリップロスのせいで不得手だった効率もトルコン自体の薄型化に伴う機能向上とロックアップの電子制御能力の向上で大幅な改善を遂げた。
 
  残るはコストが少々高いことと重量ハンデ、そしてメンテナンス性の問題のみだ。細い油圧回路が巡らされた変速制御機構はクリーンルームに近い環境でないと分解整備ができない。もちろん高い技術も要求される。この整備のハードルが高いこととコストが高いことが相まってどうしても先進国用のトランスミッションという位置づけになる。
 
  しかし、先進国用のトランスミッションとしては最も現実的で完成度の高いシステムだとも言える。現在のトランスミッションには、環境や燃費の要請から走行中のギヤ比をいかに低く抑えるかが求められており、車重とエンジン性能から発進時に必要とされるギヤ比が決まって来るため、最小ギヤと最大ギヤの比率(レシオカバレッジ)によって、走行中にいかに高いギヤが使えるかが決まってくる。
 
  遊星ギヤセットを使うトルコンステップATでは、すでにこの比率が限りなく10倍に近づいている。少し前までこの値は6倍程度に過ぎなかった。特に低速トルク型になりやすい小排気量ターボエンジンを上手に生かすためにはこのレシオカバレッジが効いてくる。

《CVT》

 [写真]CVTに最も熱心なメーカーのひとつは日産だ。サプライヤーと共同でリリースした横置きFF用の副変速機付きCVTは巧みな仕掛けで部品をほとんど増やさずに副変速機を組み込んでいる。これによりレシオカバレッジを6倍前後から7.28倍まで引き上げた

  CVTはそのほとんどが発進装置としてトルコンを使う。なのでトルコンCVTと言っても良い。当然、発進マナーには優れている。まだまだ少数派だが、発進装置にモーターを使う方法もあるし、電子制御でクラッチを用いる場合もあるが、いずれも数的には例外に近い。
 
  CVTの最も本質的な美点はエンジン回転数と車速の関係の自由さだ。そして変速マナーの洗練度に関しては理想的とも言える。
 
  CVTはV型の溝を持つ2組のプーリーの間にベルトを掛け、油圧で溝幅を変えることでプーリーセットの有効径を変えて変速を行う仕組みだ。ギヤレシオを無段階に変えられるので、エンジン回転をどう使うかはプログラム次第である。一番馬力の出ている回転数を保持したまま加速することもできるし、一番燃費効率が良い回転数を保持したまま加速することもできる。
 
  理論的には、前編で述べた船舶や飛行機のケース同様、エンジンを一定速度で回したまま速度を変えることができるため、CVTの変速機としてのポテンシャルは極めて高い。クルマの動力源として内燃機関が宿命的に持っている回転数による効率のムラを消し、欠点をカバーできる可能性があるのだ。
 
  しかし、現在のクルマにはCVTに直接速度を指示するインターフェースが存在しない。あるのは本来エンジン出力調整用のアクセルべダルだけだ。だからコンピューターは、ドライバーのペダルの踏み方から、エンジンに対する要望と変速に対する要望を読み解かねばならない。これがドライバーから「違和感がある」と言われる原因になっており、狭義の変速マナーがいくら良くても、ドライバーが思ってもいない変速をするマナーの悪さで全て帳消しになってしまう。トルコンステップATでも類似の傾向があるが、「一段上げるか、一段下げるか」を選択するだけのトルコンステップATではドライバーはその癖を予想しやすい分、短所として受け止めようがある。ところがCVTは自在性が高い分、操作のニュアンス解析が難しく、ドライバーにとっても違和感が大きいのだ。
 
  せめて「パワー」から「エコ」まで無段階操作できるインターフェースが何かあるべきだと思う。かつてマニュアルミッションのシフトノブはその機能をしていたのだから。このインターフェースがきちんと確立されない限りCVTの天与のポテンシャルは活かしきれない。
 
  このギヤ比操作用インターフェースが欠落しているため、エンジン回転数アップの指示を出しているのに、エンジン回転数が変わらないまま加速するというような違和感がどうしても残る。簡単ではないかもしれないが、変速比指示の仕組みが上手く作れれば、ドライバーが積極的にギヤレシオだけを変えて速度調整することもでき、この違和感はなくなるはずだ。こうした問題はエンジン回転と速度の関係性が自由であるCVTのメリットと表裏の関係にある欠点だ。
 
  CVTのもう一つの問題点は、ベルトの保持に作動中ずっと油圧が必要なことで、これがとくに速度が上がるほど効率の悪化を招いている。ただし改良は進んでいる。以前書いたCVTの記事の中では煩雑になるので割愛したが、「押し側」でしか使えなかったベルトをチェーンに代え「引っ張り側」で動力伝達できる様にしたCVTがある。これによりプーリーとベルト間の摩擦力保持に必要な油圧は下がっているはずだが、構造的に重いベルトやチェーンにかかる遠心力に対抗して、適正にテンションをかけながら保持するための油圧の問題は解決していないので効果は限定的だろう。
 
  CVTには、さらにレシオカバレッジが低いという問題点があった。これについては副変速機を使うことで改善が見られた。ただし、それでもレシオカバレッジが最も高いもので従来の6倍代から7.5倍程度に改善した程度で、多段化の進んだトルコンステップATの9.81とは大きな差がある。しかし、一方でそもそも段がないCVTはレシオカバレッジの中では自由なギヤ比を選ぶことができ、トルコンステップATがいくら多段化しようがこの点では勝負にならない。小排気量ターボのような効率の高い回転数が限られ、かつターボの回転を落としたくないエンジンを上手くつかうことには最適な一面もある。
 
  最後にメインテナンス上の問題には触れておかなくてはならない。これは自動車メーカーの世界戦略に大きな影響を与えるからだ。世界、特に途上国での保守整備の面では、これまで度々書いてきたようにトルコンステップATと並んで、CVTは非常に不利だ。修理や整備にクリーンルームのような設備と高い技術が求められるからだ。
 
  全体的に見渡してみると、CVTは高速での使用を重視せず、先進国で都市内交通を担うようなクルマにはメリットはあると思うが、オールマイティな変速機として発展するためにはもう一段階のブレークスルーが必要だと思う。

《DCT》

 [写真]ホンダのモーターをスターティングデバイスにしたフィット・ハイブリッド用DCT。モーターの特性を上手に使うことでエンジンの不得意な運転状況を減らして効率を向上させる仕組み

  さて、次はDCT(デュアルクラッチトランスミッション)だ。DCTは2組のギヤセットを持ち、奇数段と偶数段のギヤに分かれている。奇数段(例えば1速)を使っている間に偶数段(例えば2速)のギヤはすでに噛み合わせが終了して準備ができているから、クラッチの奇数段側を切り、偶数段側を接続すれば変速できてしまう。最速の変速を可能にしているのはこの仕組みのおかげだ。
 
  このギヤセットを切り替えるクラッチの方式は「乾式(かんしき)」のものと「湿式(しつしき)」のものがある。乾式のメリットはクラッチを切っている間、引きずり抵抗がないので効率が高い点にある。一方、湿式は複数のクラッチ板がドライブ側、ドリブン側交互に油中に浸かっている状態なので、油の粘性分だけ引きずりが発生する。ただし、そのおかげで変速時の洗練性が優れる部分もあり、現時点では一概にどちらが優秀とは言えない。
 
  ギヤが入っている状態ではマニュアルミッション同様に、滑り感のないダイレクトなフィールがあることが長所だが、短所は発進変速ともに洗練度がCVTやトルコンステップATに及ばないない点と、前述の様に重さと部品点数の多さだ。
 
  部品点数が多く、機構も複雑なため、メンテナンス面で途上国向きではない。

《AMT》

 [写真]スズキのアルト・ターボRS用の5段AMT。スズキでは軽トラックのキャリィに続き、新型のアルトで国内販売の乗用車に初めてAMTを搭載した。続くスポーツモデルのターボRSでは、アルトの通常版より変速マナーが向上した。現在のレベルが低いせいもあるが、進歩の度合いは速く、今後の熟成が期待される

  AMTとは、マニュアルトランスミッションのクラッチとシフトレバー操作を油圧や空気圧のアクチュエーターに代行させるロボット変速で、機構そのものは原則的にマニュアルと同じものだ。発進と変速のマナーについてはまだ洗練とは程遠く、変速速度も速いとは言い難いが、効率、コスト、重量に加えメンテナンス性も極めて優秀だ。
 
  現在途上国で主流のマニュアルトランスミッションは、クルマの普及率が上がるにつれて自動化の要求にさらされるのはこれまでの先進国のモータリゼーションを見ていれば間違いない。やがて経済力と整備インフラが付いて来ればトルコンステップATということになるのかもしれないが、過渡期においてはインフラ任せの要因を排除できるAMTは極めて戦略的な商品になりうる。
 
  インフラの整備となれば10年単位の時間がかかるだろうが、現在苦手としている発進と変速のマナーの改善なら自社の技術的進歩で達成が可能である。しかも、もしそれが可能になれば、先進国でもトルコンステップATのマーケットを食うことができる。スズキはそこに目をつけ、すでにインドでAMT(スズキの呼称ではAGS)の生産を始めている。
 
  現在のロボット変速AMTは古くはいすゞのNAVi5やその建設機械/トラック版のNAVi6など30年も前からあったが、前述の欠点から普及せず、いすゞ自身もトルコンステップATに回帰した経緯があった。以来30年を経て、その仇をスズキが討とうとしているところは面白い。

■まとめ

  多様なトランスミッション需要を総括すると、マニュアルトランスミッションはまだまだ世界で必要とされている。
 
  そうした途上国需要の置き換えとなる可能性があるのはAMTで、現在のところ未熟なシステムだが、進歩の度合いによってはトルコンステップATを食うかもしれない可能性を秘めている。
 
  CVTはわずかずつの進歩をしているものの、まだ決定的な出口が見つかっておらず、先進国の自動変速機としては若干劣勢である。
 
  トルコンステップATは電制の精度向上と多段化で伸び悩みをブレークして再度、先進国用自動変速機の王座を確かなものにしている。
 
  DCTは彗星のごとく現れたが、まだその長所が活かせるのはスポーツ志向のモデルだけだ。当初の評判があまりにも高すぎたために現在は少し勢いを失いつつある感じがする。ただし、AMTに発進マナーの技術ブレークスルーが起きれば、それはおそらくそのままDCTに応用できるため、AMTとタッグを組んでトルコンステップATを挟み撃ちにできる可能性がある。
 
  トランスミッションの戦国時代を生き残るのはどのシステムになるのだろうか?
 
 (池田直渡・モータージャーナル)

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