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NIMS、大規模NMR量子コンピュータの実現に向けたスイッチ操作の原理を発見
物質・材料研究機構(NIMS) 極限計測ユニット 強磁場NMRグループの後藤敦 主幹研究員らの研究グループは、NIMSの強磁場共用ステーションの設備および独自に開発した装置を用い、「量子コンピュータ」の有力候補の1つである「固体核磁気共鳴(NMR)量子コンピュータ」の新しい操作原理を発見したことを明らかにした。同成果は、英国オンライン科学雑誌「Nature Communications」にて公開された。
物質内の安定原子核の自転運動に起因する核スピンは、「核磁気共鳴法(NMR)」や磁気共鳴画像診断(MRI)などにおける観測プローブとして、物理、化学、生化学、医療など様々な分野で活用されている。近年、その核スピンを用いて、量子コンピュータを創成する研究が進んでおり、NMR量子コンピュータと呼ばれている。
NMR量子コンピュータは化学分析に用いられる通常のNMR装置と既知の有機分子の溶液を用いて、これまでに数量子ビットの量子計算が実現している。しかし、量子コンピュータがその実力を発揮するためには、さらに多くの量子ビットでの計算が必要で、この大規模化は「スケーラビリティ」と呼ばれ、量子コンピュータの重要な性能の1つとされている。
固体NMR量子コンピュータは、固体(主として半導体)中の原子核スピンで量子ビットを構成する方式で、大規模量子コンピュータ方式の有力な1つと見なされている。しかし、その実現にあたっては、量子ビットを構成する核スピンと核スピンの間の相互作用(核スピン間相互作用)を制御し、スイッチングを行う必要があったが、煩雑な操作が必要になっていたりと、技術的に難しかった。
今回の研究では、光のオン・オフという単純な操作により核スピン間の相互作用をスイッチ操作できることが示されたほか、光の照射強度を増強すると、この相互作用の到達距離を長くできることも判明した。従来から知られている短距離相互作用を想定した方式では、相互作用の確保のために量子ビットを互いに近接させる必要があったが、今回の研究で発見された相互作用では離れた核スピン間でも作用するため、量子ビットの配列に自由度をもたらす可能性があるという。
発見された原理は、代表的な化合物半導体の1つであるGaAsの中に含まれる2種類の核スピン、71Gaと 75Asを対象に行った、光照射下での交差分極測定において見出された。交差分極とはNMR分析で用いられる手法の1つで、今回の場合、71Ga核と75As核のそれぞれに作用する2種類の周波数の電磁波を試料に同時に照射することで、75As核スピンの磁気モーメント(核磁化)を71Ga核に移動させることができる。その移動にかかる時間スケール(特性時間)は、2つの核スピン間に働く相互作用の大きさで決まるため、光照射による特性時間の変化を調べることで、核スピン間相互作用の大きさの変化が分かるというもの。
図1 GaAsにおける、75As→71Ga間の核磁化移動過程の光照射強度依存性。照射強度の増加に伴い、α、βなどの尾根状の部分が順次現れると共に、尾根の位置が次第に磁化移動時間の短い方向へと移動する(点線矢印)。より後に発生する尾根は、より遠方の71Gaへの磁化移動に対応する。また、尾根の位置の移動は磁化移動速度の上昇を表している
図1は、75As核から71Ga核への核磁化の移動過程の光照射強度による変化を示したもの。非照射(照射強度0mW)時の磁化移動過程については、75Asに近接する71Gaへの既知の相互作用による磁化移動であることがわかっており、光照射強度を0mWから次第に増加させると、50mW付近から新しい磁化移動過程(αで示した尾根状の部分)が現れた。これは、光照射により新たな71Ga核への磁化の移動が発生していることを示している。
すでに非照射時にて、近接する71Ga核への移動は完了しているため、次に現れる磁化移動はもう少し遠方の71Gaへの磁化移動と同定できる。また、光の照射強度の増加に伴い、尾根状の部分が磁化移動時間の短い方向に移動するが、これは磁化移動にかかる時間が短くなること、すなわち、その71Gaとの相互作用が増大していることを示している。さらに光強度を増加させると、βで示される別の新たな尾根が現れるとともに、その磁化移動時間が短くなるが、これはさらに遠方の71Gaへの磁化移動が発生し、その相互作用が次第に増大することを示しているという。
これらの測定から、「光照射により、空間的に離れた2つの核スピンの間に新たな相互作用が発生し、その相互作用は光照射強度の増加に伴い増強される」ということが判明したという。
同原理を、核スピンを適切に配置した構造に適用できれば、核スピン間のスイッチ操作が実現できると考えられると研究グループは指摘しており、これにより光照射がない時、数原子間隔離して置かれた2つの核スピン間の相互作用が、(既知の短距離相互作用を含めて)オフの状態にあり、そこに光を照射することで、相互作用がオンの状態となり、この切り替えを活用することで、将来的には相互作用の「スイッチ操作」が実現できるようになるだろうとしている。
図2 今回発見された原理を用いることで将来実現が期待される「スイッチ操作」の概念図。赤矢印は核スピン、青球は核スピンを持たない原子を表す。光(赤円)により相互作用(緑線)がオン状態となる
なお、今回の成果は、現時点では「原理の発見」の段階であり、その実用化に当たっては克服すべき課題が数多くあるものの、今後の技術の進展により、将来の核スピンの制御技術として、核スピンによる量子情報処理、ひいては量子情報技術全体の発展につながることが期待できるものと研究グループではコメントしている。