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信州より地元の生声を発信!
民と官が一体となって運営をしている長野県信州キャンペーン実行委員会は10日、長野県の旬の情報を提供するウェブサイト「信州道楽」を開設した。
「信州道楽」は、四季折々の地元密着型情報を随時発信する「読み物型観光情報サイト」。県内81市町村の観光課の担当者らが、地元ならではの情報を発信。あわせて、落語家の立川談慶、和泉家志ん治など長野県出身・在住者の計7名が信州観光パーソナリティとして、日替わりでコラム形式による情報を提供する予定。またブログ機能を設け、ユーザーの求める情報の相互提供も行っていくという。
信州キャンペーン実行委員会の広報担当者は「従来の1方向の情報発信ではなく、発信者と受信者の相互の呼びかけを反映していくことで、平板でない情報を提供できればと思っております。皆様に”愛される”サイト構築を目指します」とコメントしている。
また13、14日の両日には、東京駅前丸ビル1階イベント広場「マルキューブ」と「カフェイーズ」にて、オープニングセレモニーを開催するとしている。
東京から一時間の田舎暮らし! 「湘南番外地スローライフ」 (2) 海からの贈り物を探して
海が荒れたらビーチコーミング
湘南番外地、二宮の海はシロギスの投げ釣りスポットとしても人気だ
海辺に暮らしているメリットは何といっても、少しでも時間がとれたら、すぐに海へ行けること。うららかな今の季節、お昼時の浜辺では、さまざまな人たちが座り込んでランチを楽しんでいる。
近くの工事現場で働いている人たち、東京や横浜からやってきたらしきハイカーの一団、地元の釣り人たち、まだ春なのにビーチパラソルを広げた親子連れ……。たとえコンビニで買ってきたおにぎりでも、海を眺めながら食べるだけで、魔法をかけられたかのようにおいしく感じるから不思議だ。
ぼく自身も、自宅での仕事の合間などに、できるだけ浜辺を散歩するようにしている。まるで湖のように波のおだやかな日に歩くのも気持ちいいが、海の荒れている日は、とくに面白い。そんなふうに思うようになったのは、4年ほど前に、隣町の大磯郷土資料館で開催された漂着物展を見物して、ビーチコーミングの魅力に触れてから。ビーチコーミングとは、浜辺を歩きながら、気になる漂着物を拾い集めていく遊びのことだ。
海の荒れた日には、水中までぐるぐる掻き回されるのか、次々と面白いものが打ち上げられてくる。それは見知らぬ海草やサンゴだったり、珍しいハリセンボンやフグの死骸だったり、異国の生活用品だったり、なぜか注射器だったり。大物では、自転車やリヤカーが砂浜に突き刺さっているのを目にしたことがあるし、打ち上げられたクジラも何度か見たことがある。リヤカーもクジラも拾えないので、ビーチコーミングとは呼べないけれど。
海中でもまれた丸くなったガラスの破片”ビーチグラス”探しも楽しみ
このアカクラゲをはじめ毒クラゲは死んでも刺すので絶対に触れてはいけない
個人的に一番好きなのは、台風一過の翌日。それまであったものが全部どこかへ消え失せてしまい、その代わりに、どこからかやってきた新たな漂着物が、波打ち際にずらりと並ぶ。過去をリセットして生まれ変わった浜辺は、展示替えをしたばかりのミュージアムのようだ。
台湾から黒潮にのって
この日は2時間かけて、海岸線をのんびりと歩いた。このごろ海が静かだったせいか、漂着物はかなり少ない。目立つのは、ヒジキのようだけどヒジキではない謎の海草と毒クラゲ。5歳になる娘は、プラスチック製のバケツの取っ手を見つけて「どうして取っ手だけあるの?バケツはどこへいったの?」と、ひとりで騒いでいた。
結局、ぼくが拾って持ち帰ったのは、漁網用らしき長さ約11cmのフロート(浮き)2本。色は鮮やかなオレンジと、色あせたオレンジ。表面には「順源浮標」、「太陽浮標」などと製造メーカーらしき名前が刻まれている。
この日持ち帰ったフロート2本。投げ釣り用のジェット天秤は前回の収穫物
その隣には「保証耐用」というフレーズ。なるほど、ここまで無事に漂ってきたのだから、たしかに「保証耐用」とうたうだけのことはあるじゃないか、と感心。このフロートは、おそらく台湾製だろう。相模湾の南には、黒潮が通っているので、遠く台湾や沖縄方面から、この黒潮に運ばれてきた漂着物が、ぶらり途中下車するように、湘南番外地に流れ着いてくる。
フロートのすぐ近くには、ハングル文字ラベルのペットボトルも落ちていた。ずいぶんボロボロに壊れていたが、それが逆に、日本国内で捨てられたものではないことを物語っているようだった。
韓国からの漂着物は、九州沿岸を通ってから、黒潮に乗ってやってくるのだろうか。あるいは、日本海側の対馬海流は北へ流れているから、韓国を出発してから対馬海流に乗り、津軽海峡か宗谷海峡を通りながら太平洋側へ出て、あのアゴヒゲアザラシのタマちゃんのように親潮を利用して一気に南下、なんてルートもありえるのかもしれない。
そうした漂着物たちが国境を越えて、この海辺まで遙々やって来たこと、辿ってきたルート、漂っていた年月などに、ぼんやりと思いを馳せる。そんなひとときもまた、ビーチコーミングという世界の一部なのだろう。
いつか”浮き玉”をもう一度
ビーチコーミングという言葉がなかった時代から、ぼくら海辺で育った子供たちは、海で遊びながら、いつも何かを探していたような気がする。今思えば、砂浜はタダで面白いものがたくさん転がっている、大きなおもちゃ箱のようなものだったのかもしれない。
投げ釣りに使うおもり、通称”ロケット天秤”などは、いつも海で拾っていたので、釣り具店でわざわざ買ったことは一度もなかった。不思議な形の流木を家へ持ち帰り、庭先に飾ったこともあった。そういえば、ボールもたくさん打ち上げられた。だから、砂浜で野球をしている時に沖へ向かってホームランを何発打っても、ボールが尽きることはなかった。
そんな子供時代に拾って、今でも大事にしているタカラモノが、写真にあるガラスの浮き玉だ。昔の漁師が定置網などにブイとして使っていたもので、今ではすっかりプラスチック製ばかりになってしまったが、ぼくが子供のころはガラス製の浮き玉もまだずいぶん活躍していた。ラムネなどの瓶を溶かして作られていたため、琉球ガラスと同じような再生ガラス独特の色合いが何とも美しく儚かった。
ガラス製の浮き玉は、もう製造されていないらしいが、海の底に眠っている大きな浮き玉が、ある日突然、目の前にプカプカと流れてくるかもしれない。いや、もしかしたら、まだ誰も見たことのない、浮き玉よりもすごい海からの贈り物があるのかもしれない。そんなことを心のどこかで期待してワクワクしながら、番外地のビーチコーミングはつづく
タカラモノの浮き玉は直径30cmほど。左の黄色いブイは台湾製